大谷 達也:自動車ライター

WEC 第4戦にあたるルマン24時間 世界耐久選手権。その決勝は6月15日から16日にかけてフランス・サルトサーキットで開催。最高峰のハイパーカークラスは、フェラーリ50号車のアントニオ・フオコ、ミゲル・モリーナ、ニクラス・ニールセン組の優勝に終わった。2023年に50年ぶりに参戦してから2連覇
写真:Ferrari

なぜルマンは盛り上がり続けるのか?

「モータースポーツなんて、もう下火でしょう」

 もしもそんな風に思っていらっしゃる方がいたら、ルマン24時間の観戦をお勧めしたい。

 毎年夏至の時期にフランス西部の街“ルマン”で行なわれる24時間レースが初めて開催されたのは1923年のこと。つまり、昨年がちょうど100周年だったわけだが、様々な指標が、いまもルマン24時間が成長期にあることを示している。

 たとえば観客動員数は、史上最多だった昨年の32万5000人という記録を塗り替え、今年は実に32万9000人がサーキットを訪れた。世界でもっとも多くの観客を集めるモータースポーツ・イベントはアメリカで開催されるインディ500というのがこれまでの定説だったが、こちらの観客動員数はかつての約40万人から最近は30万人前後と発表されることが多くなった。したがって、世界最大の観客動員数を誇るモータースポーツイベントは、もはやインディではなくルマンとなっている可能性もあるのだ。

6月14日のドライバーズ・パレードの様子
写真:TOYOTA GAZOO Racing

 まだ自動車が発明されたばかりのおよそ100年前に誕生したルマン24時間は、自動車の高速性能と耐久性を証明する実験場としての役割も担ってきた。その意味でいえば、どれだけ多くの自動車メーカーが参戦しているかもルマン24時間の成長度合いを示す指標のひとつといえるだろう。

 とりわけ重要なのが最高峰クラスに挑む大メーカーの数だが、これが昨年の5社(フェラーリ、トヨタ、ポルシェ、キャデラック、プジョー)から今年は8社(フェラーリ、トヨタ、ポルシェ、キャデラック、プジョー、ランボルギーニ、アルピーヌ、BMW)へと急増した。その最大の理由は、ハイパーカー・クラスと呼ばれる現行最高峰クラスの規則が、多くのメーカーにとって魅力ある内容である点にある。

ハイパーカークラス初参戦となったランボルギーニ。2台エントリーし、63号車「ランボルギーニ SC63」が10位でフィニッシュした
写真:Automobili Lamborghini S.p.A.

 いくらルマン24時間が「走る実験場」だとしても、そこに投じることのできる各メーカーの予算には自ずと上限がある。裏を返せば、より少ない負担で、より多くの注目を集められるイベントへの参戦が、各メーカーにとってはもっとも「コストパフォーマンスが高い」ことになる。

 多くの注目を集めるという点において、ヨーロッパを中心に世界的な人気を誇るルマン24時間は申し分のない存在。しかも、現行のハイパーカー・クラス規定は、マシンの開発予算を適切に抑えながらも、各メーカーが優勝できるチャンスを「比較的公平に」用意している点に特徴がある。

 その根幹を成すのが、性能調整(BoP、Balance of Performance)という規則にある。

ルマンはなぜ接戦なのか?

 これは、主催者が各車の性能を独自に計測・解析するなかで、メーカー間の性能差を極力小さくすることを目的として実施されるもので、その内容は、車両重量や最高出力に始まって、レース中に給油できる1回あたりの量(厳密にはエネルギー量として規定されている)まで定められている。

 こうした性能調整が、今年のルマン24時間では見事に機能していることが証明された。

 たとえば、決勝前に行なわれた公式予選では、上位11台のラップタイムがわずか1秒差に収まっていた。

ポールポジションでスタートしたのは6号車、ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツのPorsche 963(ケヴィン・エストレ、アンドレ・ロッテラー、ローレンス・バンスール組)
写真:Porsche AG

 ルマン以外のレースでも、予選で10台ほどが1秒以内に収まるケースはなきにしもあらずだが、国際的な自動車レースが開催されるサーキットは、ほとんどの場合、その全長が4kmから6kmの範囲に収まっている。いっぽう、ルマン24時間が開催されるサルト・サーキットは全長が13.626kmで、一般的なサーキットの2倍から3倍の長さを誇る。それだけ長い距離を走った結果が1秒以内に収まっているのだから、どれだけ厳密に性能の均衡化が図られているかがわかろうというものだ。

BMW M ハイブリッド V8 15号車は6月12日の予選では首位に立ち話題になった。翌日のアタックでのクラッシュ。とはいえ、決勝レースは6番グリッドからのスタートとなった。残念ながらレース開始から6時間半が経過した頃、アクシデントに巻き込まれリタイア
写真:BMW

 こうした性能調整は際限のない開発競争を抑制し、開発に必要となるコストの低減にも結びつく。つまり、性能調整のおかげで性能の均衡化とコスト低減が両立できる状況を生み出しているのだ。

 そして、予選での接近戦は24時間にわたる決勝レースでも再現された。

 私がルマン24時間を取材し始めて30年以上の歳月が流れたが、例年、土曜日の午後4時にスタートが切られる決勝レースは、夜を過ごして朝を迎える14時間目ごろには優勝争いが4〜5台に絞られ、おおよその結果が予想できるようになることがほとんど。しかし、今年は朝6時を迎えても実に10台がトップと同一周回数を走行しており、ちょっとしたことをきっかけに情勢が大きく動く可能性が極めて高かった。

注目を集めたTOYOTA GAZOO RacingのGR010 HYBRID。小林可夢偉、ホセ・マリア・ロペス、ニック・デ・フリース組が駆る7号車はクラス最後尾の23番手スタートながら24時間戦って最終的にトップとの差はわずか14.221秒。2位フィニッシュとなった
写真:TOYOTA GAZOO Racing

 もっとも、これは夜半に降り続いた雨のため、セーフティカーラン(安全を確保するため、主催者が用意したセーフティカーによる先導走行を行なうこと)が6時間近く続いたことも関係していたが、天候が回復したそれ以降も接戦が続いたことには変わりなく、フィニッシュまで残り2時間となった午後2時を迎えても、フェラーリの2台、トヨタの2台、そしてキャデラックとポルシェが各1台の合計6台が1分以内にひしめき合う激戦となったのである。

セバスチャン・ブエミ、ブレンドン・ハートレー、平川亮のGR010 HYBRID 8号車はレースの大半をリードしたが、残り2時間というところで他車との接触によりスピン。とはいえ5位フィニッシュを果たした
写真:TOYOTA GAZOO Racing

 ここまでの接戦は、私の30年を越す取材歴のなかでも初めてのことといって間違いない。

最後の最後まで目が離せない戦いだった

 その後も断続的に雨は降り続いたほか、ちょっとしたドライビングミス、レース戦略の違いもあって、最終的にはフェラーリ50号車とトヨタ7号車の2台が一騎打ちを繰り広げる展開となったが、最終的には、ピットストップの回数を最小限に抑えてロスタイムを削り取ったフェラーリ50号車がトヨタ7号車に14秒差で競り勝ち、フェラーリに通算11回目の栄冠をもたらした。

 ちなみに、優勝した50号車を駆るアントニオ・フォコ、ミゲル・モリーナ、ニクラス・ニールセンの3人は、フェラーリのエース格でありながら、昨年は跳ね石でラジエターにダメージを負う不運のため、勝機を逃していた。それだけに、今回の優勝は3人にとって特別で、フィニッシュしたときには彼らの目にうっすらと涙が浮かんでいるように思えるほどだった。

左からニクラス・ニールセン、ミゲル・モリーナ、アントニオ・フォッコ
写真:Ferrari

 ちなみにフェラーリの通算優勝回数はこれで11となり、最多優勝回数を誇るポルシェの19回、アウディの13回に続く3位につけている。こうした記録が、今後塗り替えられていく可能性は十分に残されている。その意味でも、ルマン24時間はいまだ成長期にあると見なせるだろう。