大谷 達也:自動車ライター
50年ぶりにルマン参戦・優勝 フェラーリのハイパーカー『499P』
ヨーロッパ時間の10月28日、フェラーリはイタリアのムジェロ・サーキットでニューモデル、499Pモディフィカータを発表した。
そのベースとなった499Pは、ルマン24時間レースなどを戦うために開発され、2023年のWEC(世界耐久選手権の頭文字。ルマン24時間はWECの一戦として開催される)に参戦した純レーシングカーである。そして2台の499Pが実戦投入されると、うち1台がルマン24時間で総合優勝。初開催から100年目の記念すべきレースで、50年ぶりにルマンのトップカテゴリーに挑んだフェラーリが通算10勝目を勝ち取るという劇的な結末を見た。
『499P』の市販バージョン!?
499Pモディフィカータは、今年のルマン24時間で優勝した499Pをベースとするマシンだが、レースを戦うためではなく、個人がサーキット走行を楽しむために生まれた。
これは、瞠目すべきことだ。
なぜなら、現役ルマンカーのパフォーマンスは、これまではルマンに参戦するトップクラスのレーシングドライバーでなければ体験できかったが、499Pモディフィカータはレーシングドライバーでなくても購入ができる。つまり、今年のルマンで優勝したマシンの走りが、一定の条件さえ満たせば誰にでも経験できるようになったのだ。
しかも、フェラーリは499Pモディフィカータを走らせるためのオーナーイベントを世界中の名だたるサーキットで実施。このスポルト・プロトティピ・クリエンティという名のイベントを通じ、安全かつ効率的に499Pモディフィカータのドライビングを習得する機会が設けられているのだ。
『499P モディフィカータ』のスペック
この驚愕のニューモデルについて、もう少し詳しくご紹介しよう。
まず、499Pモディフィカータでレースに参戦することは禁じられている。裏を返せば、もともとレースに出場することを目的としていないので、レース参戦の前提となるレギュレーション(車両規則)に縛られる必要もないことになる。
これにより、エンジンやハイブリッドシステムなどのパフォーマンスは、純レーシングカーの499Pを上回ることが可能となった。“一般”に販売されるモデルが、ベースとなったレーシングカーを凌ぐ性能を手に入れることは、異例中の異例といっていいだろう。
その心臓部であるエンジンは、量産車の296GTB/GTSに積まれる2.9リッターV6ツインターボをベースとしている点では499Pとまったく同じ。前輪を駆動するモーターも499Pからの流用だ。つまり、ハードウェア的には499Pと共通ながら、レギュレーションによりパワートレイン全体の最高出力が680psに制限(性能調整によって変化する可能性あり)された499Pと異なり、499Pモディフィカータでは実に870psを発揮する。なお、エンジン単体の性能は公表されていないが、モーターは最高で272psを生み出すことが明らかにされている。
このモーターと組み合わされるバッテリーは、同じくハイブリッドシステムを採用する最新のF1で用いられる技術を流用したもの。そしてWECの規則では、120km/h以上にならないとモーター駆動を行なってはいけないとされているのに対し、こうした規則から解放された499Pモディフィカータでは0km/hからモーター駆動が可能となっている。したがって、低速域で実際に発揮できるパフォーマンスは499Pモディフィカータが499Pを確実に凌いでいるはずだ。
車体の基本構造には、499Pと同じカーボンモノコックを採用。また、499Pモディフィカータのいかにもレーシングカー然としたボディワークはレース用の499Pとほぼ同じで、細部のみモディファイされたという。したがって、車両前端から鋭く突き出したフロントスプリッターや巨大なリアウィングは、レース用の499Pと基本的に同じ。さらにいえば走行時に発生するダウンフォースも同じレベルにあると考えられる。これもまた、量産車ベースのサーキット専用モデルでは考えられなかったことだ。
誰のためのマシンか?
それにしても、ここまで圧倒的なパフォーマンスを備えたマシンを操りたいと考えるドライバーは現実に存在するのだろうか?
実は、フェラーリは様々なモデルを走らせるイベントを世界中のサーキットで開催している。そこで走行できる車両としては、驚くべきことに10年ほど前まで現役だったF1カーや、量産モデルをベースに開発されたルマン用GTモデル(これをLM GTE車両と呼ぶ)などが名を連ねている。そして参加者のなかには「将来的にF1マシンでイベントに参加したいので、その練習として、いまはLM GTE車両で参加している」と語る者もいるほど。つまり、彼らにとっては「より性能の高いマシンを操る」ことこそが、喜びなのだ。
しかし、これまではLM GTE車両とF1の間にケタ違いといっても差し支えのない性能差が存在した。そこに誕生したのが、純レース用として開発されたルマンカーをベースとする499Pモディフィカータである。しかも、こちらは現役のルマンカーと同等以上のパフォーマンスを備えている。すでにLM GTE車両などでイベントに参加している熱狂的なフェラーリ・ファンにとって、499Pモディフィカータは極めて魅力的な存在に映ることだろう。
フェラーリはごく少数の499Pモディフィカータを販売するとしているが、販売台数は未公表。ただし、その価格は510万ユーロ(約8億円)で、これには2年分の車両保管料やイベント参加費用などが含まれているそうだ。