爆発的に拡散するリアリティ番組が生む殺人
メリーランド州、人口7万人の小さな街フレデリック(ちなみに今ネットで話題の広島県安芸高田市は人口2万7千人)。この静かな田舎町が一躍全米で知られるようになるのは父親のデイヴの捨て身の訴えと、弟のジャックがネットにアップした動画のせいだった。
デイヴは地元テレビ局のカメラに向かって尻ポケットから口座通知書を引っ張り出し、うちの全財産1762ドルを報償金にすると見得を切る。ジャックはカメラから離れ、家の中に戻って抱き合う両親を2階からスマホで隠し撮りし、初めて見る両親の無防備で弱々しい姿に怯えながらも、姉が見つかる希望を託してユーチューブにアップする。
車を運転中、動画にすかさず注目したのが、ロスでリアリティ番組を手がける敏腕プロデューサーのケイシー・ホーソンだった。彼女の脳内に、これぞ自分が探していたネタ、善良な人々が求めていたものだと閃光が走る。
フランネルのシャツ、ダサい髪型、ピックアップトラック、散らかり放題の家。あの家族はキャスティング部門が選び抜いた俳優そのものではないか。外では率直に人々に助けを求め、二人っきりになると涙を流しながら互いを支え合う。「これに心を持って行かれない人がいる?」
ケイシーは車をUターンさせ、動画を見た10分後にはTNNネット-ワークの社長室で企画を売り込む。犯罪実話(トゥルー・クライム)は人気コンテンツだが、さらに一歩進め、失踪した少女の捜索をリアルタイムで追うリアリティ番組にする。タイトルは「サラを探して」。
TNNネット-ワーク社長でプロデューサーでもあるマーカス・マックスウェルはすぐさまOKを出す。彼の内心の声が印象的だ。「ハリウッドはバイラル・ビデオを愛してる―すでに大勢のファンがついてるってことだからな」。バイラルとは爆発的に拡散すること。一言で言えば乗っかり上手ということか。
メリーランド行きの便に乗り、厳重に警備されているパーセル家に乗り込んだケイシーは、警官が制止にくるまでの20秒で3つのポイントをデイヴに伝える。「わたしはあなたがたご家族が娘さんを探すリアリティ番組を制作したいと考えています/娘さんを探し出すためにこれ以上の方法はありません/もちろん謝礼はお支払いします」
後刻、父親デイヴと内緒で密会し、追い打ちで説得するケイシーの押しの強さも凄い。こうだ。「自分の子どもが失踪したとき、小さな町の捜査態勢なんて、だれが望みます? 世間の人達はあなたたちに手を貸したいと思っている。でもみんな5分もすればあなた達のことなんて忘れてしまう。もし世間の人達に捜索を手伝ってほしければ、この番組をやるしかないんです」。
「モリー・ロウ(カリフォルニア大学バークレー校社会学部教授)」の指摘が、正鵠を得ている。「若い女性の救出は、文字通り叙事詩物語の原型です」「困難な状況に陥っている乙女」。それこそケイシーが利用したものです。「彼女は視聴者に、自分達は救出隊に参加しているのだと思わせたのです」。
こうして番組は作られるが、放送された「サラを探して」の第一エピソードには爆弾が仕込まれていた。サラはストーカーに悩まされていたという証言があったのだ。名指しされた男は同級生男子の父親で……、というのが中盤まで。後半は殺人事件にも発展する。
ミステリーの通奏低音となる恋愛模様
このミステリーのミソは、先述のように10年前の事件の追検証だということだ。事件の関係者達は結末を知っており、先をまったく知らない我々読者に予兆や予感を抱かせ、右に左にと翻弄する。人名でつまずかない読みやすさもさることながら、証言だけでこんなに面白く読ませるとは。スタッカートのいっぱい付いた楽譜のようなミステリーだなあと感心する。
もう一つ、このミステリーで特筆すべきは、芸術作品を撮る夢を諦め、生き馬の目を抜くTV業界のえげつなさに才を発揮したアラサーのケイシーと、あるトラウマをかかえてこの静かな共同体に赴任してきた刑事フェリックス・カルデロンとの恋愛模様だ。
二人は刑事とTVプロデューサーとして出会う前に(お互い素性が明らかになるその前夜にと言ったほうが正確)、一人の男と一人の女として出会った。「そこそこルックスのいい大人の男女がバーで会った。そうしたら当然、いっしょに家にかえるでしょう」(ケイシー・ホーソン)。
「彼女が自分の番組のためにおれを利用したと思うかって? ああ、思うね」(フェリックス・カルデロン)。大人の情事が恋愛に育つ関係はよくあるが、恋愛であるにもかかわらず、情事に終わらせねばならなかった関係というのもかなり切ない。昔(前世紀)はこういった甘苦い関係がミステリーの通奏低音になったものも珍しくなく、なんだかちょっと懐かしかった。