どんよりとした梅雨空の続くこの時季。テレビやネットで映画やドラマ三昧もいいけれど、メディアの裏側を描いたミステリーや小説はいかがでしょう? 期待の新人、ヒットメーカーの続編、そして、大人気作家の最新長編をご紹介!

選・文=温水ゆかり

写真=Shutterstock

特異な叙述形式と意想外の展開。10年前の事件の追検証

『キル・ショー』
著者:ダニエル・スウェレン=ベッカー 
訳者:矢口誠
出版社:扶桑社(扶桑社ミステリー)
発売日:2024年5月2日
価格:1,485円(税込)

【概要】

 4月の朝、突然失踪した16歳の少女。サラに何が起こったのか?        
26人の事件関係者の「証言」から浮かびあがる10年前に全米を揺るがした事件の「真実」とは? 

 アメリカ東部の田舎町フレデリックで、16歳の女子高生サラ・パーセルが失踪した。手がかりゼロ、目撃者ゼロ。家族の同意のもと、大手テレビ・ネットワークによってその事件をリアルタイムで報道する連続リアリティ番組が制作され、全米は不安と熱狂の渦に叩きこまれる。いくつもの悲劇とスキャンダルを引き起こした番組の放送から10年。26人の事件関係者の証言から浮かびあがる謎に包まれた事件の真相とは? 特異な叙述形式と意想外の展開。才気煥発の「実録犯罪」ミステリー。

 

 今年の梅雨はまた高温多湿のジメジメなのだろうか。私は梅雨寒(つゆさむ)が好き。

 濃い目に淹れたコーヒーを飲みながら、部屋に閉じこもってミステリーを読み耽けるのにうってつけの日だから。

 ところが“同好の士”である女友達が、先日こんな風に嘆いた。最近海外ミステリーが読めない、人名が憶えられない、と。それ、分かる。中断して再開すると“この人物誰だっけ?”なんてことはしょっちゅうある。

 その点、女子高生の失踪事件を関係者の証言で追う『キル・ショー』の叙述法は、ちょっとした“発明品”。例えば「ジャネット・パーセル(母親)」、「フェリックス・カルデロン(刑事)」「マイクスナイダー(地元テレビ局のニュースレポーター)」と表記されるように、名前と続柄や属性などの関係が一目瞭然なのだ。登場人物表に一度も戻らず読みおおせたなんて、これもちょっとした“奇跡”だ。

 大枠は10年前の事件をあらためて検証するという作りである。10年前のある日、16歳のサラ・パーセルはいつものように通学バスに乗って学校に向かう。しかし校舎に入る直前に、バックパックを置き忘れたことに気づき、サラは走ってバスに戻る。それが生きているサラが目撃された最後になった。

 母のジャネットは言う。朝の食卓で、サラは買ったばかりのヴァイオリンの弦を張り替え、弟のジャックはケロッグのシリアルを鼻から食べるところをスマホで自撮りするなど、いつもと変わらない平和な朝だった、と。

 父のデイヴは言う。あの子は十代の子供を対象にしたジュリアード音楽院の夏期講習を受けたがっていた、参加費はすごく高いが、あの子にはその値打ちがあった、と。

 高校の音楽教師であるミリアム・ローゼンは言う。サラがリハーサルに現れなかったので驚きました。サラは重要なソロを受け持つことになっていたからです。彼女はスター的な存在で、あの年齢であれだけの能力があるなんて、ちょっと怖いくらいでした、と。

 学校から無断欠席に関する問い合わせが両親にあり、夕方両親が同級生達に電話で聞いて回り、意を決して警察に通報。同日の夜21時近くにパーセル家に到着した刑事のカルデロンは言う。刑事になって15年、転勤願いを出してこの街に来て2年。直感的に誘拐事件ではないと判断した、と。