EUの2035年ガソリン車の新車販売禁止決定、独ダイムラー社(当時)による「CASE」の提唱など、自動車業界が大きな転換点を迎えている中、SUBARUもアグレッシブに自身を変身させている。今回は、同社が、コロナ禍をきっかけに、全社一気にデジタル化を目指し大きくワークスタイルを変えた取り組みを紹介したい。2019年には「紙とハンコ」だった同社が、どうやって2年でTeamsを自分のものにし、Tableauを526部署に浸透させたのか、その秘訣を探る。(インタビュー・構成/簗尚志)
全社の働き方を一気にデジタルシフト、コロナ禍を「ピンチをチャンスに」で乗り切る
――コロナで働き方、ワークスタイルを大きく変えたと聞きました。具体的には何をどうなさったのでしょう。
辻裕里氏(以下敬称略) コロナ禍の緊急事態宣言が発出された2020年4月7日、SUBARUの業務スタイルは紙とハンコが当たり前の状態でした。Web会議用のパソコンのカメラはデフォルトで無効であり、在宅勤務のルールすらありませんでした。私自身は前年に情報システム部の部長として入社し、既存のITシステムの刷新などを検討していました。
そこに緊急事態宣言、在宅勤務のおふれです。世の中も社員も不安に包まれている中、弊社の社長から「一人ひとりが変われるまたとないチャンス。こんなときだからこそ前向きに意識を変え、行動を変え、会社を変えよう」というメッセージが出ました。
自動車製造において、商品企画、設計、製造、アフターサービスなどにおけるITは欠かせない存在です。言い換えると、社員の働き方は社内のITシステムの善し悪しによって決まると言えます。IT部門としても、あえてこれをチャンスと捉えて、やろうと思っていたことに今までできなかったことも盛り込んで、働き方・ワークスタイルを一気に変えようと新たな働き方のコンセプトを打ち出しました。
それが「いつでもどこでも場にとらわれず、同品質な仕事ができる」環境の構築であり、合わせて「グループ全社員がセキュアで効率的な働き方になり、あらゆるデータを活用できる共創ワークスタイル」を実現すると宣言したのです。
具体的には、全くのゼロから1万人のリモートワークを可能にしました。自由なハイブリッド勤務の定着を目指しました。タブレットや多様なデジタルツールの活用、それに伴う教育やコミュニティの充実も図りました。同時に、各種業務システムの刷新を実践、例えば会計システムはSAPに、人事システムも刷新、工場の部品表も大幅変更を断行し、給与明細や決裁ワークフローなどのウェブ化も一気に進めました。
こうしたハード面に加え、社員コミュニケーションといったソフト面での配慮も行いました。在宅勤務が長期化すると、社員のメンタルにも配慮する必要があります。そこでTeamsで社員用のSNSの場を作り、社長のツイートや雑談広場、アイディアラボなどを展開。社員の皆さんも、意外とスムーズに受け入れてくれて投稿も活発です。部門を越えたコミュニケーションがやりやすくなったので、社員同士での困りごとの共有、解決のヒントを率先して提案するなど新たなコミュニティができたように思います。
――スムーズに新しいワークスタイルに移行できたようですね。
辻 本当に皆さんの頑張りで、1万人のリモートワークやSAP導入などを1年間で稼働までこぎつけました。今思うと、よくぞ皆さん頑張ってくれた。情報子会社やベンダーさんもすごく協力してくれたし、業務部門の方もしっかり使いこなしてくれました。本当に「一丸となって」という感じでした。
入社したときは気が付かなかったのですが、SUBARUには一丸になれる土壌があります。常日頃、「良いクルマを作りたい」というところに1本筋が通っている。会社のベクトルはきちっと揃っているのですね。以前は、その方向がいささかアナログで旧態依然な方向でしたが、コロナ禍のような有事となると、会社の底力が発揮されて新しい方向にまっすぐ進めるんですよ。これは本当にいい会社だって思いましたね。
また弊社には経営戦略の中の「ありたい姿」として「笑顔をつくる会社」があります。今回のデジタルシフトではやり方を大きく変える経験ができました。この経験に触発されてか「良い車」の先には「笑顔の運転者、同乗者」がいるという、価値の見え方のシフト、モノからコトという考え方の理解が深まったように思います。変化を経験すると、頑なだった姿勢も少し柔らかくなるようで、今まではきちんと仕様を決め、やり方を決め、そして作り上げるという流れだったのが、最近は「ちょっとやってみよう」という実証実験のPoCがやりやすくなったと感じています。