事業の強化・創出の鍵を握る計算科学の分野でデータ駆動型サイエンスを推進
――AIを使った素材開発の効率化などで成果を上げられています。どのような背景があるのでしょうか。
奥野 長期ビジョン(2021〜2030)でも示していますが、昭和電工では、従来から持つ「作る化学」と、経営統合する昭和電工マテリアルズ(旧・日立化成)の「混ぜる化学」、そして両社の評価・シミュレーション、構造解析、計算科学の「考える化学」の融合によって市場に幅広い機能を提供し続けて事業を強化・創出するとしています。
AIは計算科学の分野の取り組みの一つで、私は、融合製品開発研究所 計算科学・情報センターにてデータ駆動型サイエンスを推進しています。データを用いて計算することで「考える化学」を実践しています。
私自身は理論科学が専門です。理論には、ニュートン力学や量子力学などがありますが、理論によっていろいろな物理現象を理解して、その上で新しい予測ができるようになります。ただし、単純な理論をもとにした予測は既にやり尽くされています。残っているのはとても複雑で単純な理論で説明できるものではなく、それを解き明かすためにシミュレーションが重視されるようになってきました。
シミュレーションによっていろいろなものが見つかってきたのですが、実際に計算するには膨大な計算が必要という問題があります。複雑な現象をシミュレートするには、スーパーコンピューターを使っても膨大な時間がかかるものもあります。そのため、シミュレーションという手法だけでは限界かなと思っていたところ、5年くらい前からAIが騒がれるようになりました。
AIがチェスや将棋で人に勝てるようになったのが2015〜2016年くらいで、それでも囲碁では絶対に人に勝てないといわれていたのに、2017年には囲碁でも人に勝利します。そこで私も、AIの進歩にすごく魅力を感じました。
――計算科学の世界にAIを使ってみようと思われたのですね。
奥野 実際にAIをやってみて分かったのですが、材料科学には囲碁にはない問題があることに気付きました。AIに学習させられるようなデータがそれほど多くないのです。AIそれ自体は、初めは何もない、赤ん坊の脳のような状態で、計算させるための前提となるデータを学習させていかなければならないのですが、材料科学にはまだ囲碁のようにデータが豊富にはないんですね。囲碁は過去からの膨大な棋譜を学ばせたり、ゲームのルールをもとにAI同士が対戦できて、いくらでもデータを得て学習できます。
データが少ないといった課題は世界中の研究者も同じで、なんとかしようといろいろなやり方が生み出されました。そこで、別の目的で得られた学習モデルを転用する転移学習などの方法を応用するなどの研究をしました。例えば、スマートフォンのアルバムで自分や家族の写真が自動的に振り分けられる機能があります。これは人の顔を見分けるAIを使っていると思いますが、このような画像認識の学習モデルを使って、別の目的の画像解析システムを作るような取り組みです。
2020年2月に「球状アルミナの生産性および品質安定化に寄与するAI画像解析システム」を発表しました。これは、BLUE TAG株式会社が持つミクロ画像の処理技術を応用しています。
球状アルミナは原料を熔融し、表面張力を利用して球状にした直径数㎛~70㎛サイズの粒子で、電子部品の放熱シート等の充填材や研磨時に使用するブラスト材などに利用されます。従来の生産工程では、運転員が光学顕微鏡画像にて球状不良の有無を目視判定し、その結果を前工程にフィードバックすることで生産条件を調整していました。運転員の経験に基づく判断に頼らざるを得なかったのです。本システムの導入テストでは約20秒で熟練運転員と同等レベルの判定ができており、十分な判定能力を備えていることを確認しています。
従来の画像解析技術と異なり、AIを用いた画像解析システムの最大のメリットは、うまくいかなかったら再学習できることです。AIは学習することで賢くなります。ですから、これまで学習していないアルミナの画像についても学習すれば解析が可能になったのです。