「全体最適」を意図しない改善に取り組む現場

 先述したような「ロスの大きさで改善に取り組む優先順位を決めてしまう」現象、「各工程の能力バランスを崩してしまうような設備投資が行われる」現象が起きてしまうのはなぜなのか。その理由は、改善活動から「全体最適」の考えが抜け落ちてしまっていること、別の観点でいえば<全体最適を実現するための改善活動の体制作りができていないこと>が真っ先に挙げられる。すなわち、役割が職場もしくは工程単位で細分化され、図らずも個別最適が当たり前、「よそはよそ、うちはうち」の活動になってしまっているのである。

俯瞰的・横断的な改善活動で、全体最適を実現する

 この問題を解決するためのキーワードは「俯瞰」と「横断」である。「工場横断でのスループット最大化」を実現するためには、個別工程起点でものごとを考えるのではなく、工場の活動全体を俯瞰的に捉えることが必要となる。また、活動の枠組みとして、各工程横断で改善に取り組むことができる体制を、経営者と工場上位役職者が連携して構築することが重要である。

  まず第一歩として、俯瞰的視野を有する人材を育成することが必要である。遠回りに聞こえるかもしれないが、何事においても意識改革のともなわない活動は長続きしない。やや余談になるが、われわれコンサルタントがクライアントに向け改善指導する際に常に意識しているのは、「担当のコンサルタントが現場から抜けても活動を継続させられるか、そのための準備ができているか」である。本当に大事なのは、本を読んで実践を積めば体得できる改善技術ではなく、改善に取り組む方々の意識である、とこれまでのクライアント支援経験から強く感じている。コンサルタントの支援期間は有限であり、コンサルタントが抜けて元の状態に戻ってしまうのでは、何の意味もない。

 本育成においては、先述した全体最適の考え方を十全に落とし込むことに加え、管理技術としては先述したスループットの概念をその骨格に含むTOC(制約理論)の習得がもっとも有効である。TOCとは「企業の目的達成を阻害する制約条件(ボトルネック)を見つけ、全体最適の視点で集中的に素早くそれを改善し利益を確保する手法」である。

<TOCの基本的考え方>
① 各工程の能力ではなく、モノの流れ(スループット)をバランスさせること
② 非ボトルネック工程の稼働計画は、当該工程の能力ではなくボトルネック工程の状態で決まる
③ スループットを増やすことと、各工程の稼働率を上げることは、同じ意味ではない
④ ボトルネック工程の1時間の損失は全システムの1時間の損失に等しい
⑤ ボトルネック工程以外の工程で1時間節約しても蜃気楼に過ぎない
⑥ ボトルネックが、企業の生産性(スループット)と在庫の両方を決定する


 TOCのような技術的知見と全体最適の意識付けがあって初めて、個別最適改善から抜け出すことができる。

  もう一つのキーワードである<横断的な活動の実現>は、各職場の努力だけでは難しい。経営層ならびに工場の上位役職者が音頭を取ることが必要となる。加えて中立的な立場で活動を管理する事務局を設け、運営を担わせることで、個別最適への逆戻りを抑制することができる。

 ここまでに述べた俯瞰的・横断的活動の準備・仕組みづくりができれば、あとは全体最適の考え方に基づく優先順付けを行い、粛々と改善活動を進めていくのみである。

ここで改めて、改善のコツをまとめる。
1.改善活動に取り組む際は、常に「全体最適」を意識する
2.全体最適の改善活動の第一歩は人材育成から。俯瞰的視野を有する人材が、活動を活性化させる
3.優先的に習得すべき管理技術としてスループット最大化を骨格とするTOCが挙げられる
4.全体最適を意図した改善活動の推進体制構築時は、経営者と工場上位役職者が連携することが重要
5中立的な立場で活動を管理する事務局を設け、運営を担わせることで、個別最適への逆戻りを抑制することができる


 以上、本項では「俯瞰」と「横断」をキーとした改善活動の進め方を解説した。実際に取り組んでみると分かるが、個別最適を捨て全体最適を選ぶことは思いのほか難しい。各職場長は、どうしても自工程を優先に考えてしまうためである。しかし、だからこそ、全体最適を意図した取り組みは想像以上の効果を生むのである。活動事務局をうまく活用しながら、是非俯瞰的・横断的な改善の取り組みを行ってみて欲しい。制約条件を取り払い続ける改善こそが、最大成果創出のために最も効率的・効果的であると実感できるはずだ。

コンサルタント 有賀真也(ありが しんや)

プロセス・デザイン革新センター
チーフ・コンサルタント

「現場と一体化した生産性向上活動」をモットーとしたコンサルティングスタイルを貫く。現場成果と財務成果をつなげるコンサルティングに強みを有する。
【主なコンサルティング実績】
現場生産性向上活動推進支援(製造業・サービス業)
業務標準化およびKPI設定を通じた業績管理・マネジメント推進支援
IoTツールを活用した現場改革余地診断及び改革支援