非居住者用サービスの実験
このように中国当局が、五輪をデジタル人民元の実験場に選んだ背景には、宣伝効果に加え、いくつかの理由が考えられます。
まず、旅行者など、非居住者が利用する機会としての期待です。
デジタル人民元を有効に機能させていく上では、国内の人々だけでなく、海外観光客なども使えるようにしていくことが課題となります。しかし、これまでのデジタル人民元の実験は、もっぱら国内都市で中国の人々を対象に行われてきており、海外の人々を対象とする実験の機会がありませんでした。
デジタル人民元は、既に発行されているバハマの「サンド・ダラー」(第21回参照)などと同様に、ウォレットの種類を分け、大口取引用には本人確認やマネーロンダリング対応などを厳しく求める一方で、少額取引用に限定されたウォレットについては本人確認などを緩くすることを想定しています。例えば、海外からの旅行者が短期間、中国内を旅行するために少額の現金をデジタル人民元に換えるような場合、現金はもともと匿名ですので、ここで本人確認などを厳格に求める必要性は低く、むしろ積極的に中国内で消費をしてほしいわけです。デジタル人民元がこのような機能を果たせるかどうかを検証する上で、五輪は格好の機会となります。
支払手段をデジタル人民元とVisaに限定
また、中国の人々は既に、巨大企業であるアリババグループやテンセントグループが提供する、AlipayやWeChat Payなどのデジタル決済サービスを日常的に利用しています。このように、既に広範なサービスを展開している巨大企業が提供する決済サービスに比べ、デジタル人民元が提供できるサービスの範囲は、どうしても基本的な支払いや送金などに限られます。
したがって、都市での実験では、AlipayやWeChat Payを使うのをやめさせてまで無理にデジタル人民元を使わせるわけにはいきません。そんなことをすれば、むしろ人々からの不満が出てしまいます。また、デジタル人民元のためだけに、わざわざ新しい店を作るわけにもいきません。結局、既にAlipayやWeChat Payの読み取り端末を置いている店舗に、追加的にデジタル人民元の読み取り端末も置いてもらう形にならざるを得ません。
この点、北京冬季五輪では、もちろんオリンピックのオフィシャルスポンサーであるVisaのカードは使えるようにしなければいけませんが、それ以外の支払手段を現金とデジタル人民元だけに絞る形での実験が可能になります。すなわち、「デジタル人民元限定」の店舗を新たに作ることができるわけです。