「天然資源には限りがある。乱獲・乱伐はしてはならない」。頭ではわかってはいるけれど、私たちの「本能」は必ずしもそう設計されているわけではないようだ。

「フィッシュ・バンク」という経営者向け研修で有名なゲームがある。プレイヤーは船長や船員となり、海洋天然資源を守りつつ他の漁業会社と競争するロールプレイングゲームだ。

 IBM執行役員の藤森慶太氏は研修でこのゲームを複数回経験したことがあるそうだが、毎回参加全チームが魚をはじめとする海洋天然資源を絶滅させてしまうという。魚が絶滅しないために「これ以上獲ったらだめ」というラインも示されている。他の船と協調をせねばいけないと頭では理解している。それでも、他者よりも少しでも多く捕獲したい、他者が獲るなら取らないと損だという意識が抑止できず、どうしても絶滅に行きついてしまうと藤森氏は語る。

 参加者全員で協調体制が取れれば、天然資源は維持することができる。だが、一人でも「隣の人よりはちょっと多く」と考えた瞬間、この協調体制は崩壊するのだという。

 これはゲームだけの話ではなく、昨今の経済(企業)・社会(個人)・ルール(行政)でも当てはまるケースがありそうだ。三者が協調できればさまざまな困難を解決できそうなのに、誰かが「自分だけはちょっと多めに」と考えてしまうために、社会課題が解決できない。

 例えばコロナウィルス向けワクチンの確保(自国のワクチン接種数を最大限確保したい)、領土・領海の問題(自国の領土を最大限確保したい)、市場獲得のための大量生産・大量流通の結果引き起こされた海洋プラスティック問題・・・研修者向けゲームの外の「現実」でも、わたしたちはどれだけ多くの天然資源を危機的状況に陥れてしまっているのだろう。

 これは非常にマズイ。

 そこで、「このままではいけない」と感じている2021年を生きるわれわれが環境、行政、経済、社会課題に一歩踏み込むためのイベントを企画した。それが第4回目の『オニワラ powered by IBM Future Design Lab.』座談会だ。

 地球規模の課題に取り組むための行政・経済・社会における「協調のヒント」を科学者、アーティスト、経営者がそれぞれの視点で語りあった。こうして、鬼が笑うほど(オニワラ)の未来について示唆に富む発言に溢れた座談会は盛況のうちに終了した。ここではそのエッセンスを紹介したいと思う。

 まずこの座談会の登壇者を紹介しよう。「科学者」として日本IBM 理事であり基礎研究所所長の福田剛志氏、「アーティスト」としてベルリン在住エコロジカルアーティストの井口奈保氏、そしてアートとビジネスの融合を志す「企業人」としてヤマハの執行役員 大村寛子氏とIBM執行役員 藤森慶太氏をゲストとしてお招きした。企画・モデレーターはわたし、HEART CATCH西村真里子である。

 私は企画の段階から、ある仮説を頭の中で描いていた。<「地球人としての『協調のヒント』」を探るためには、いままでにない「クロスポリネーション(≒異分野交配)」が必要なのではないか?>ということだ。だからその仮説に基づいて、「アートとサイエンス」双方を同時に見る科学者の視点、社会の中でその先の危険を知らせる「炭鉱のカナリア」であるアーティストの視点、そして経済合理性を追求しつつもアート、カルチャーへのリスペクトを絶やさない企業の視点をミックスしていくことを心がけた。福田氏、井口氏、ヤマハの大村氏に登場してもらったのはそのためだ。

 結果としては「新しい視点」が散りばめられた豊かな座談会となった。これからも、あらゆる場面で問い続けなければならない「協調のヒント」を探るにはクロスポリネーションが有効であることを裏付ける結果と言ってもいいだろう。

 では実際にどのような「協調のヒント」が導きだされたのか?

 大きく分けて二つの方向性が見えてきた。一つ目は「新たなゲームルールと価値を生み出し、協調の輪を広げる」という方向性、二つ目は「既存の枠に囚われない発想を大事にする」というものだ。

協調のヒント①「新たなゲームルールと価値を生み出し、協調の輪を広げる」

 IBM基礎研究所の福田氏は座談会冒頭のインプットトークの際に、IBM Researchが数年前から取り組んでいる5in5の紹介を行った。この5in5は今後5年間に起きる5つの大きなイノベーションにまつわるリサーチなのだが、その中の一つに「気候変動を緩和するために二酸化炭素を回収し有用なものに変える」というものがある。二酸化炭素(CO2)を回収・吸着させてポリマーやプラスティックなどの資源として活用するリサーチである。

 そのような未来を見据えて日本IBMは三菱重工と組みCO2NNEXを発表した。これはCO2を排出→吸着→回収→取引とトラッカブルにすることにより排出量を把握し削減目標を達成させるだけではなく、CO2をポリマーやプラスティックに変換可能な“有価物”として取引させるというものである。

 今までとかく悪者として扱われたCO2に、資源として新たな価値を与えることにより、回収効率を高め、結果として地球環境負荷を下げるという新たなアプローチである。国連が定める大きな目標に向かうためにCO2に価値を与えるという新たなゲームルールを作ると様々なステークホルダーと協調して歩んでいくことができるというものだ。

 もう一つ新たなゲームルールを作り価値を生み出している事例はベルリンのエコロジカルアーティスト井口氏の「GIVE SPACE」にも見られる。井口氏は、アートの文脈で生態系に対し積極的に働きかける活動をしている。

「GIVE SPACE」は「人間という動物」を研究し、人間以外の生き物に生息地を返すことを主眼に置いた井口氏が生み出した新しい都市デザイン方法論なのだが、フィジカル・メンタル・スピリチュアルのスペースを意識しながら働く人、我々が生きる場所、そこに生える植物や動物との共存を積極的に作り上げていくものという。

「GIVE SPACE」に近しい例として「バイオフィリック・デザイン」というデザイン手法がある。これは生物学的アプローチを元にしている。「人間には生物学的に、生来的に、自然、あるいは生命と似たプロセスを持っているものと繋がっていたいと願うし、生存のために必要なのである」という考え方に基づいたものという。要するに自然環境がなければ人間はサバイブできないという考え方だ。その考えに基づいて、私たちが住んだり働いたりする建築環境全てをデザインしようという考え方だ。これを取り入れたものとして、直近ではニューヨークにマンハッタン島固有の生態系を意識したアパートメントビル「300 Lafayette Street」や、オーストラリア・シドニーには建設当時世界で一番高い(150m)壁面緑化ビル「One Central Park」が生まれている。

「建物を建てる」際に、GIVE SPACE /バイオフィリック・デザインという新たなゲームルールに則って進めていくと、建築家だけではなく歴史学者や生物学者も建築に関わってくる。このゲームルールに従っていくと土地・空間、人々とのコミュニケーションを考える際に様々なステークホルダーとの協調が必要になるという。