社会のニーズが多様化し、求められる価値も大きく変わろうとしている今、どのような選択をするべきなのか。デジタル変革が推進される印刷業界で多くの経営者が悩む中、創業以来、受け継がれてきた揺るぎない信念でまい進する印刷会社がある。東京都中央区に本社を持つ株式会社セントラルプロフィックスだ。
1950年に写真製版専門の技術者が集まり創業。「選ばれ続ける品質」を企業理念に、高度成長期も、バブル経済崩壊後の低迷期も、力強く生き抜いてきた。
セントラルプロフィックスは、どのようにして顧客の信頼を勝ち取ってきたのか。その歴史をたどりながら、混沌とした時代を生き抜き、さらに変化が激しくなるこれからに向けて顧客に選ばれ続けるために必要な思考をインタビュー内容からひもといていく。
【選ばれ続ける思考①】できることを増やし、それを勝てるレベルに昇華していく
1930年に創業した久栄社印刷所の製版部門として1950年に前身となるセントラル・プロセス社は設立された。当時の印刷業界は伸び盛りの産業で、営業を積極的に行わなくても仕事が舞い込んできて、現場は常に忙しい状態だったという。さらに日本が高度成長期を迎えると、印刷の需要は加速度的に増え続け、会社の業績も順調に伸びていた。
会社を支えたのは「選ばれ続ける品質」の企業理念を実現する、確かな“技術”だ。1971年の会社案内には、映画のポスターやカタログなど、色彩宣伝印刷物を中心に、「一流の技術・生産性の向上・適正な配分」が社是として記され、その高い技術力により、圧倒的な品質を提供し、顧客の信頼を勝ち取ってきたことが記載されている。
田畠義之氏が、セントラル・プロセス社に入社したのは1992年のこと。印刷業界の総売上げが約9兆円規模まで成長したピーク時だ。しかしその直後からバブル経済の崩壊とともに市場は伸び悩み始め、印刷業界は大きな転換期を迎える。DTPが急速に広まり、時代はオフセット印刷から製版レスのデジタル印刷変革の時代へと突入。そして印刷業界を取り巻くさまざまな環境や技術が目まぐるしく変貌していく2001年に、田畠氏は先代から事業を継承し、会社の舵取りを担うことになったのだ。
「製版レスの進行から製版会社でつくれる付加価値がどんどん減っていき、ペーパーレス化も加速していく中で、多くの印刷会社も厳しい状況でした。しかし、その時の経営判断として選択したのは、あえて受け身から攻めに転じること。具体的には、製版専門の事業から、将来的には製版も印刷も担う、総合印刷会社への転身も視野に入れて印刷業務を強化し、できることを増やしていきました」
最初に田畠氏が着手したのが、本機校正の導入だ。本来、本機校正は役割分担として印刷会社が担う領域だが、校正刷りを行っていた平台校正機と、実際の印刷機では色が合わないという問題に、多くの印刷会社は頭を悩ませていた。この課題に対して田畠氏は、「製版会社で本機校正を行えば、責了紙や校了紙と、印刷会社が刷る最終的な印刷の色は合ってくるため、確実にトラブルは減り、互いにメリットはある」と判断。セントラルプロフィックスにとってお客さまでもある印刷会社の課題を解決することが、将来的な事業拡大の布石にもなると考えたのだ。
菊半裁4色オフセット枚葉印刷機から、特色印刷までカバーできるように菊半裁2色オフセット枚葉印刷機と、次々と最新の印刷機を導入。総合印刷会社へと転身するために積極的に設備投資を進めながら“できることを増やしていく”ことで、狙い通り製版だけでなく、印刷の依頼も増えていった。さらに、それまで主流だった広告代理店の仕事だけでなく、クライアントから直接、依頼される案件も増えていき、多くの印刷関連会社の業績が伸び悩む中、堅実にその業績を伸ばしていったのだ。
その後も田畠氏は試行錯誤しながらも、攻めの姿勢を崩さなかった。さまざまなシーンでデジタル化が進む中でペーパーレス化のムーブメントと重なり、紙メディアは確実に減っていくと予測すると、それまで培ってきたカラーマネジメント技術や画像処理技術を生かしてサイン・ディスプレイ印刷の事業をスタートさせた。
その他にも24時間対応可能な生産体制を整え、クオリティにスピードという付加価値を加えると、四六全判5色オフセット枚葉印刷機を導入。他の印刷会社では実現できないスピードで四六全判の校正刷りや印刷物を納品するなど、独創的なアイデアや仕組みで、他にはない印刷という技術で付加価値を顧客に提供し続けた。印刷でできることを増やし、それを勝てるレベルまで昇華させていったのだ。
田畠氏が代表取締役社長に就任した2年後の2003年に、社名をセントラル・プロセス社からセントラルプロフィックスへ変更した。新社名は「プロフェッショナル+グラフィックス」を組み合わせた造語。常にグラフィックス分野の深化を追求し、お客さまにとって唯一無二のプロであり続ける。そんな会社の決意が込められていた。
【選ばれ続ける思考②】提案のレパートリーを増やすことでデザイナーの可能性を広げ、信頼を築いていく
セントラルプロフィックスが初めてデジタル印刷機の「HP Indigo」を導入したきっかけも、“独創”にこだわった掛け算の決断だった。
「当時、設備も含めてオフセット印刷の技術は、かなり成熟していた中で、新しい印刷の価値が求められていました。一方でクリエイティブのクオリティは、色の再現だけでなく、用紙や印刷部の質感へのこだわりは引き続き妥協を許さない状況ではありました。以前よりクライアントやデザイナーから求められるこだわりある仕事は、ラフグロス系の紙の指定が多いんですね。しかも大量印刷だけではなく、小ロットでの依頼も増えています。
そうしたラフグロス系の紙の風合いを生かす小ロットの印刷技術と新しい印刷の価値の提供の2つの課題を実現するために、用紙の風合いを殺さないHP Indigoとデジタルにおける透明な厚盛や箔押しなどの特殊印刷を得意とするScodixを導入することを決断しました」
Scodixの加工技術は突出したものがあり、新しい印刷のカタチを創出する可能性を持っていた。しかし、当時はScodixのポリマーと印刷物の相性から、セントラルプロフィックスではオフセット印刷物との組み合わせでしか展開できなかったため、どうしても経済ロットにおける相性が悪く、小ロットというオーダーにリーズナブルな価格で応えるのはできなかったという。
このScodixの加工技術を最大限に生かしたり、ラフグロス系の紙の風合いを殺さずに、小ロットでの印刷を可能にする印刷機として、HP Indigoに白羽の矢が立ったのだ。
「私たちがHP Indigoに興味を持った理由は、大きく2点あります。1つは、デジタル印刷でも、自ら言わなければ分からないレベルのオフセットと同等品質、インクの乗ったシャドー側もテカリがなく自然です。もう1つは、紙の対応幅です。一般用紙から銀蒸着紙やフィルム等、Scodixと組み合わせて使えば、さらに独創的な印刷物を作成できると考えました」
ScodixとHP Indigoを組み合わせ、さらにその精度を上げていくことで、他にはないクオリティの印刷技術を実現。その技術は、クリエイティブの質そのものも進化させ、顧客にとっては差別化を図る付加価値の提供へとつながっていった。
「今、ScodixとHP Indigoの組み合わせでできる印刷物をはじめ、それぞれの印刷機能を生かしたさまざまなサンプルを作成し、デザイナーなども含めたお客さまに提案しています。例えば、私たちの強みである技術によって工夫された印刷物は、これまでいくら良いアイデアであってもそのサンプルがなければ、提案しても伝わりにくいという問題を抱えていました。それが実際のサンプルと一緒に提案することで、よりイメージは具体化され、提案力は確実に上がることが期待できます。結果的に私たちとしては、言われたものをただ刷るのではなく、一緒に提案に参加する形となり、顧客との関係性をより深めることができるようになりました」
クライアントの要望品質により、オフセット印刷機でないと具体化できなかったことが、HP Indigoならば有版の時代ではあり得ないサンプルがすぐに作成できるようになったという。こうした印刷物の提案レパートリーを増やすことはデザイナーのクリエイティブの可能性を広げるとともに、新しいビジネスの創出へとつながっていった。常に独創的なアイデアと技術でクリエイティブを進化させ、他社では実現困難な付加価値を提供することで「選ばれ続ける品質」を実現。その繰り返しでセントラルプロフィックスは継続的に信頼を勝ち取ってきたのだ。
【選ばれ続ける思考③】縮小均衡路線ではなく、常に拡大路線を選択する。そしてやり切ること
では、独創なるアイデアは、どのような思考から生まれるのか?
「例えば、ScodixもHP Indigoも導入している印刷会社は、当然、私たちだけではありません。つまり、同じことをしていては、独創的なものはつくれない。そこで私たちが目指しているのは、まずはそれぞれの特徴を十分に理解し、組み合わせて掛け算をすることで、印刷物の特徴や魅力を最大化するような印刷技術を開発することです。
そのためには、設備などの投資をすることも大事ですが、導入してから徹底して使いこなすことが大切だと考えています。何事もやり切らないと新しいものは生まれないし、その先の世界が見えないからです。そしてそうした積み重ねが専門性をより深め、質を高め、独自性を生む土台にもなっています」
セントラルプロフィックスが提案する印刷技術やクリエイティブに、ユニークで独創的なものが多いのは、試行錯誤を繰り返した結果だという。そしてこうしたアイデアは、経営者として田畠氏が大切にしてきた、未来を見据えた決断の積み重ねの結果でもある。
「縮小均衡路線を選べば、もしかしたら長生きできるかもしれません。しかし、未来は切り開いていくことはできないと考えています。どうしても経営状況が悪いときや、先行きが不透明なときは縮小均衡路線を選びがちですが、私はこの選択肢は悪循環しか生まないと考えています。微増でもいいので、常に拡大路線を選ぶ。それが新しいアイデアの創造を可能にする、未来につながる選択だと信じています」
セントラルプロフィックスの強みとは何か? 田畠氏は「紙を使うクリエイティブでこだわりあるものに対して、独創的なクオリティを持って応えられる技術」だという。デジタル印刷、とりわけHP Indigoの進化により、今回のインタビューでも明確に表れていたが、デジタル印刷による表現力はより豊かになり、オフセットを凌駕する領域に達した。色の再現性だけでなく、印刷物そのものが作品になるほどの芸術性や、目を引くデザイン性、思わず触ってみたくなる生々しい質感など、印刷物の可能性は無限に広がったといえるだろう。
だからこそ、次世代の印刷物を生み出していく「独自性」とそれを実現させる人と文化が必要になってくる。時代を超えて選ばれ続けるのは、セントラルプロフィックスが創業以来、受け継がれている、この独自性へのこだわりにあるのだ。ブランドオーナーたちは、デジタル一辺倒から翻り、物理的体験を重視しながら統合設計していくことに注力し始めている。セントラルプロフィックスがこの先どんなブランドオーナーたちとどんな体験を生み出していくのか、その独自性に心から期待したい。