大正12年(1923年)に創業し、約100年の歴史を持つ印刷業界の老舗、株式会社フジプラス。昭和40年代以降、オフセット輪転印刷を中心に事業を展開してきたが、現在は、クリエイティブ・マーケティング分野から印刷物の加工・製本まで事業領域を広げ、サービス業態への変革を進めている。そんなフジプラスが、コロナ禍においても黒字化を達成できた理由とこれからの印刷会社の在り方について、同社代表取締役社長の井戸剛氏に話を聞いた。
フジプラスが進めるサービス業態への変革
現在、フジプラスが基幹事業としているのは、印刷関連、販売促進支援、インターネット関連支援の各サービスを主軸としたソリューションの提供だ。これらの具体的なサービス事例を基に、令和時代の印刷会社の在り方、デジタル印刷の本当の活用方法を伝えるべく、HPデジタル印刷機のユーザーであるフジプラスとHP Tech & Device TVがタッグを組み、ミニドラマ「印刷会社の未来が変わる物語」を制作した。
このドラマは、コロナ禍の影響を受け、廃業寸前に追い込まれたある商店街の小さな食堂が舞台。店を閉めるかどうか悩む店主に、フジプラスの社員が時代に合わせたサービスを提案、実施し、食堂が再び活気を取り戻すというストーリーだ。
この物語はフィクションであるにもかかわらず、登場人物は実在するフジプラスの社員がモデル。顧客の課題を解決するため、同社が提供している多様なサービスの実例を盛り込んだ、印刷会社の新しい在り方を具現化した内容となっている。
「このドラマを通じて、世の中の変化に対応すること、そして、お客さまと向き合い変革に向け第一歩を踏み出すことが最も大事だということを伝えたかった」と語るのは、フジプラス代表取締役社長の井戸剛氏。平成20年(2008年)に社長に就任して以来、「印刷物を納品して利益を得る」ことが主だったこれまでの印刷会社の業態から、「顧客の課題解決」を目的としたサービス業へ本格的な転換を進めてきた。
その具体例の一つが、飲食業を対象とした販売促進支援サービスだ。ドラマの中では、社員たちが食堂を存続させるため、店のDX(デジタルトランスフォーメーション)を企画。店主との信頼関係を構築しながら、ネット注文を用いた弁当のデリバリーや食堂のファンに向けたオンラインコミュニティーの開始など、さまざまな施策を提案していく。
それらの販促物として登場するのが、HP Indigoデジタル印刷機を用いて作られた店オリジナルのレシピカードや薄型フィルムに写真がプリントされた弁当パッケージだ。さらに、顧客が撮影した写真を用いた「食の軌跡プレミアムブック」(顧客が食べた1カ月間の食を記録し、AI〈人工知能〉の画像解析技術を用いて食生活のアドバイスサービスを行う冊子)など、印刷物に新しい価値を付加することに留まらず、これまでの印刷会社の枠を超えた多くのサービス事例が紹介されている。
「フジプラスに入社以来、印刷業界にも変化の波が来ていることはずっと感じていました。社長に就任後、どのように会社と事業を変えていくかを本格的に思案しているうちに、顧客が喜ぶこと、つまり、顧客の売上げや利益を伸ばすための支援サービスを提供していきたいと考えるようになりました。その結果、デジタル印刷の強みを生かしたさまざまなソリューションを提供する、現在のサービス提供業態へ舵を切ったのです」
印刷業界においても市場規模は年々縮小。近年、日本全体のあらゆる産業でDXを通じた成長が求められているが、これは印刷業界も例外ではない。このことにいち早く気が付いた井戸氏は、事業の転換を推進。フジプラスは、印刷業界の未来を体現するリーディングカンパニーとして、その存在感を高めている。
コロナ禍の中、
フジプラスが黒字化できた理由
今年は、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、印刷業界も大きな打撃を受けた。多くの印刷会社が窮地に追い込まれる中、フジプラスは今年9月の決算において黒字化を達成。その背景には、井戸氏の経営者としての大胆な決断があった。
「今年の2~4月までは、さほどコロナ禍の影響はありませんでした。しかし、5~7月は売上げが6~7割に激減。特に対旅行業界や百貨店関連の商業印刷部門は、大きなダメージを被りました。デザインなどのクリエイティブワークは順調でしたが、お客様によっては売上げが3割ほどまで低迷。7月には大赤字を覚悟する事態に・・・。この状態が続いたら、会社はあと2年ほどしか持たない、と不安に駆られる日々を送りました」
この状況を打破するために行ったのは資金調達、人員整理を含む組織改革、印刷機の集約の3点だという。
まず、資金調達では、可能な限りの借り入れを行い、運転資金を確保。社員には涙を飲んでボーナスの大幅削減を通達した。同時に、60歳以上の役員全員に退任を促し、新たに3人の社員を役員に登用、経営陣を一新した。さらに、これまでのM&Aなどにより、各事業所に分散していた印刷機の整理を開始。不要なものを売却するなどして、機械の集約を進めた。
井戸氏は、「サービス業への変革に向け、資金調達以外は、もともと時間をかけてやろうとしていたことなので、コロナ禍で一気に進められたことはよかった」と振り返る一方で、いまだ古い業態のまま進めている事業については、課題が残っていると語る。
その一例がチラシ印刷など、薄利多売のビジネスモデルを強いられていた商業印刷の今後だ。かつては折り込みチラシの需要は大きかったが、今後はこれまでにも増してさらなる縮小が見込まれる。そこで、4台あった印刷機を2台に減らし、規模を縮小してきたが、それに関わる人的な部分もあり、一気に終了させることは難しいという。
「一度に変え過ぎると、社員の皆さんの拒否反応を招いてしまう恐れがあるので、徐々に変えていくよう意識しています。例えば、HP Indigoのような新しいデジタル印刷機を、誰もが触れるようにしてみたり、ドイツから入れたオフセットの印刷機もラッピングをしてショールームのように見せることで、みんなが『かっこいいから使ってみたい』と思えるようなギミックを仕掛けたりしています」
他にも井戸氏は、社内でいかに明るく振る舞うかも心掛けた。社員たちの不安がピークになった3~5月は、正直に業績を開示し、1日2回、15分くらいの短時間のミーティングを行うなど、自らメッセージを送る機会を増加。コロナ禍の先が見通しにくい状況だからこそ、井戸氏はコミュニケーションを積極的にとり、社員とのつながりを活性化させようとしたのだ。
それはこの間、定期的に見直していたフジプラスのミッション、ビジョン、クレド(行動指針)の再構築にも見て取れる。
フジプラスのミッションは『情報やアイデア、幸せをお届けし、幅広く文化の礎を築く企業として、世界中のお客様から感謝され、地域に貢献し続ける存在を目指します。』
ビジョンは『変化を楽しみ、時代に求められる、永遠のベンチャーマインド企業へ。』という変化適応力のある企業を志向するものだが、その具体的な行動指針を示したものがクレドとなる。
フジプラスでは、自社のクレドをまとめたクレドブックを社員に再配布し、皆と共有することでwithコロナ時代を前向きに生き抜くための結束を高めるよう努めている。
これがフジプラスのクレドブック。同社のクレドは全部で16。その内容は1が「対話力・対応力」で2が「カイゼン」に関するもの、以下、3「チームワーク」、4「品質管理」、5「全て幼稚園の砂場で」、6「互いに高め合う人々」、7「お客様」、8「当事者」、9「仕事と家庭」、10「提案型の思考」、11「問題」、12「変化」、13「安全」、14「協力会社」、15「上司の仕事」、16「数字への意識」となる。
この中で井戸社長が最も気に入っているのが、5の「全て幼稚園の砂場で」。ここには、『わたしたちは、「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」という事実を忘れません。仕事をする上でも、大切なことばかりです。これら5つの項目を、心に留めておきます。1 ズルをしない。2 使ったものは必ず元のところへ戻す。3 散らかしたら自分で片付ける。4 誰かを傷つけたら、ごめんなさい、と言う。5 不思議だな、と思う気持ちを大切にする。』とある。
井戸社長が考えるユニークな組織の姿
これは印刷会社に限らないが、サービス業への変革には組織の変革が避けて通れない。井戸氏は組織づくりについて、次のように考えている。
「実はこれまでは組織全体を変えたという意識はなくて。ただ、新しい技術を取り入れていく過程において、古い技術にこだわり続けていては、自然と通用しなくなっていき、入れ替わっていくということはありました。フジプラスは、もともと完全トップダウン型の会社でしたが、業態変革を進める中で最近はボトムアップ型を目指しています。組織としては、フラットでありつつ、トップダウン的な要素も残したハイブリッドなものにしていきたい」
そのために、井戸氏は若い社員の育成にも注力する。
「なるべく、いろいろなチャンスを与えています。本人が気付いているか気付いていないかは別にしてチャンスを与えて、そこで成功したらまた違うチャンスを与え、どんどんステップアップさせていく。それを入社後、早いうちに行っています」
フジプラスの社員は7割くらいが新卒で入っており、現在30代の社員でいうと女性を中心にほとんどが新卒での入社になっている。
「失敗してもいいからチャンスを与えつつ、性格を見ています。結局、自分で動ける方が一番いいじゃないですか。自走式になるような方を探しています」
井戸氏が考える社員の働き方もユニークだ。
「副業をどんどんやってほしいなって思っています。それは、他の会社の社外取締役をやっている僕自身が副業しているみたいなもんなんで。立場の違う仕事をすることによって学ぶことは多いです。副業で学んだことで直接的・間接的に、フジプラスにフィードバックできることが必ずあると思うのです」
実際、フジプラスの社内にはこれを体現した社員がいる。
「面白い方がいます。もともと和菓子を作るのが趣味だったんですが、趣味が高じて和菓子の先生としてNHKに出演したり、休みの日に和菓子教室をやっているみたいです」。これも今後増えていく新しい働き方の一例であることは間違いない。
商業印刷会社が目指すべき
新しいビジネスの形
これまで、製造業として「モノづくり」を頂点としてきた商業印刷会社は、市場規模の縮小に加え、コロナ禍による経済低迷の追い打ちを受けた。今後はさらに厳しい状況になることが予想される印刷業界で生き残るためには、フジプラスのように、思い切った業態変革が必然となるだろう。
かつての印刷業界は、独自の製版・印刷技術を持つ故に、異業種が参入しにくい、いわば「守られた」世界だった。しかし、デジタル印刷機をはじめ、最新技術を駆使した印刷機が登場した昨今では、異業種の参入が容易になり、品質における差別化が難しくなっているのが現状だ。その中でも他印刷セグメントに比べて商業印刷分野が最も顕著である。
宣伝用、業務用などを主体とする商業印刷のコモディティ化が進むと、品質やブランド力といった付加価値が下落し、激しい低価格競争への参戦を余儀なくされてしまう。
こうしたコモディティ化を避けるためには、印刷という強みを生かしながら、より高い付加価値を持つ商品と顧客満足を高めるサービスの提供が必要不可欠になってくる。
例えば、冒頭のドラマ内で描かれていたように、顧客と寄り添い、コンサルティングを通じてソリューションを提供するサービスや、デジタル印刷とIT技術を掛け合わせたパーソナライズドサービスなどが挙げられる。
「『サービス業態へ変革していこう』と言っても、『何から始めていいか分からない』という同業他社の声をよく聞きます。特に日本人は、常に正解を求める傾向にありますが、まずやってみることが大切です。私自身も、自分が面白い、楽しいと思えることをやっていたら、現在の業態にたどり着きました。他社の成功事例を徹底的にまねるのも1つの方法ですから、1歩ずつ進めていくのがいいと思います」
井戸氏は、フジプラスの未来について「サービス業を主とする本社も製造業として工場部門も共存させていきたい」と語る。
「製造業とサービス業を別会社にした方がいいのではないか、というアドバイスもありますが、私は分社化する必要はないと考えています。ドラマの中でも、営業担当と工場の技術者が連携することで、顧客満足のための販促物を生み出す過程を描いています。このように印刷技術とサービス、双方の強みを社内におけるネットワークで生かすことができれば、より課題解決力が高まり、価値の連鎖が生まれると考えています」
従来の成果物重視の製造業態から、いかにLTV(顧客生涯価値)重視のサービス業態へ変われるか――。それこそが、令和時代の印刷業界を発展させる鍵となるだろう。