消費者が求める新しい商品の見せ方、届け方とは?(前編)

商品ラベル&パッケージ新時代!

JBpress/2020.12.3

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(真ん中)
サッポロビール株式会社 マーケティング本部 コミュニケーション開発部 メディア統括グループ
シニアメディアプランニング マネージャー
福吉 敬 氏

(右)
株式会社オーエスエル 取締役執行役員副社長
プロデューサー/クリエイティブディレクター 朝倉 道宏 氏

(左)
株式会社日本HP 経営企画本部 マーケティング推進部
部長 甲斐 博一 氏

マーケティングとクリエイティブの領域に見られる変化

甲斐 博一 氏(以下、甲斐氏):今日は商品パッケージに関していろいろな視点からお2人に話を聞きながら、議論していきたいと思います。まず初めに、福吉さんご自身の経歴をご紹介いただけますか。

福吉 敬 氏(以下、福吉氏):私は1996年にワインメーカーのメルシャンに入社し、広告バイイングに関わりながらデザインや制作をしていました。朝倉さんとの出会いは、そこでつくっていた『ギュギュッと搾った』という酎ハイの仕事の時ですね。

 私の仕事はパッケージそのものの制作というよりは、「それがどういう商品であるべきか」というコンセプトをまとめることが主でした。オリエンをしたり、社内でプレゼンをしたり、自分で印刷の立ち合いもしながらいろいろな角度からパッケージの仕事に関わってきました。

甲斐氏:ずっと飲料メーカーの仕事をされてきたのですか。

福吉氏:そうですね。一度は外資の会社にも所属しましたが、メルシャンにいる間にパッケージ制作からブランドマーケティングに仕事内容が変わっていきました。サッポロビールには2014年5月、ブランドマネージャーとして入社して、マーケティングプランの策定などの仕事をしていました。宣伝に移りデジタルの仕事が主務に変わったのは、2015年9月からです。

甲斐氏:ありがとうございます。では、朝倉さんお願いします。

朝倉 道宏 氏(以下、朝倉氏):オーエスエルの副社長をしております朝倉です。オーエスエルは、ライトパブリシティ※1のグループ会社で、プロデューサーが集まって組織をつくっています。私は3月まで、ライトパブリシティの役員をしていたんですが、4月からは広告・デザイン領域の拡張を目指して現職に就きました。

 デザインの領域もいわゆる「広告デザイン」だけではなく、商品や企業のビジネスをどうやってデザインしていくか。さらには地域や社会、日本、世界と、大きい単位でのデザインにレイヤーを上げていきたいと思っています。
※1 1951年に日本で初めて設立された広告制作専門のプロダクション

甲斐氏:朝倉さんはずっとクリエイティブ畑で仕事をしてきたのですか。

朝倉氏:そうですね。イベントのプランナーを経験した後、25歳でライトパブリシティに入りました。20代の時はプロデューサー、30代でプロデューサー兼メディアプランナー、40代になってクリエイティブディレクターになったので、営業、メディア、クリエイティブという仕事を一つ一つ兼業している感じですね。

甲斐氏:朝倉さんの仕事はどんどん広がっていてもう何屋さんか分かりませんね(笑)

朝倉氏:そうですね、でも根はクリエイターですよ(笑)

甲斐氏:続いて、福吉さんの今のお仕事やエピソードを幾つか教えていただけますでしょうか。

福吉氏:最近はデジタルの仕事が多いです。特にコンテンツマーケティングに力を入れていて、コンテンツの文脈の中に商品を置いてブランドに触れてもらう、といった取り組みを進めています。

 その流れで取り組み始めたのが「eスポーツ」です。eスポーツには、どういう形が正解というものがまだないので、業界の人たちと実際に交わりながら、eスポーツの世界の中でブランドコミュニケーションの在り方を一緒に掘り下げていっているところですね。

 コンテンツマーケティングとeスポーツ、この両方に通じることは、分析系の取り組みを進めていることです。いわゆる、コミュニケーションの価値の可視化ですね。コミュニケーションはやりっ放しと揶揄されがちで、金食い虫といわれることもありますが、私はコミュニケーションの価値は可視化できると考えています。

 例えば、この記事を読んだ人がブランドに触れているのか、というアトリビューション分析をしてみたり、記事を読むときに7割ぐらいまで読んでくれているんだろうか、という読了分析をしてみたり、その読了分析をしたときに早く離脱した人と長く読んだ人たちの間でブランドとの接触はどれだけ違うのか、という差分分析をしてみたり。やはりきちんとしたコミュニケーションでお客さまに受け入れられたものはブランドに寄与するものだ、ということを数値化していくことで、「これは費用ではなくて投資である」ということを社内で説得していくことに力を入れています。

甲斐氏:なるほど。興味深い分野ですので、そのあたりもまた後で詳しくお伺いさせてください。では、朝倉さんの最近の仕事の紹介をお願いします。

朝倉氏:去年多かったのが、リクルーティングのためのブランディング活動ですね。企業のスローガンをつくったり、CI(コーポレート・アイデンティティ)やVI(ビジュアル・アイデンティティ)をリニューアルしたり、というブランディングの仕事は元々多くはありました。でも、ブランディングが何のために必要か、を考えた時に「リクルーティングに必要」ということが多くなってきています。

 例えば、警備会社や保険会社が人を採用しようとしたとき、「企業がどれだけ魅力的に見えるかどうか」が重要になります。この「自分たちが何者か」を問うことがブランディングの一つの始まりだと思っています。大学4年生からどう見えるのか、それをもとに「自分たちはこういう人間だっけ?」と問い直していく。そんな新卒目線でリクルーティングを考える仕事が増えています。

甲斐氏:それは人事部の方との仕事ですか?

朝倉氏:そうですね。人事・広報に加えて、営業などの事業部もありますね。

甲斐氏:なるほど。面白いですね。ちなみに、その投資対効果はどう見るんですか。

朝倉氏:採用の説明会に来る人数や応募数が前年比何%、という形です。結果的には、それをKPIにしています。ただ、採用のブランディングは差別化しづらいものだったりもします。また、コロナ禍でそのあたりの考え方が変わってきているかもしれません。

甲斐氏:大学生かどうかに限らず、商品やサービスを通してその会社で働いてみたいと思ってもらえることは、究極のブランディングですよね。

朝倉氏:そうですね。あとは、企業のビジョンに共感して入ってきてもらった方が当然、マッチングもいいはずなので、そのための動画をつくることも増えています。ブランドストーリーのビデオをつくって共感を誘発する、ということですね。

コロナ禍で広告のルールが変わった

朝倉氏:コミュニケーションに関してみんなが気になっているテーマとして、今後、広告宣伝活動がどう変わっていくか、があると思います。

福吉氏:広告には今、大きなパラダイムシフトが起きています。今まで私たちが正解だと思って信じていたもの完全に崩れ去ったのが交通広告、OOH(Out of Homeの略)といった「屋外広告」です。今や、みんなが必ず電車に乗る、という前提が変わってしまいました。

 帰宅動線の中で夕方の時間帯においしそうなビールのCMを見たら、飲みに行きますよね。実際にものすごく効いていたんですよ。だけど、パタッと誰も電車に乗らなくなってしまった。たまに電車に乗って、乗客が5人くらいの車両に虚しくCMが流れているのを見て、「ここに投下している莫大な金額は一体どうなってしまうんだろう?」と思ったんですよね。

朝倉氏:リアリティありますね。

福吉氏:そこで「今まで電車に乗っていたたくさんの人たちは、一体どこで何をやっているんだろう?」と考えて、接点が変わっていることに気付きました。接点が変われば、モチベーションも変わります。帰宅という概念がなくなると、家の中で仕事が完結してしまいます。そこで夕方の時間帯に飲みに行くかというと、全然違うんですよね。

 子どもが家に帰ってくるし夕飯でも作るか、となったり、夕方になったからテレビでも見るか、となったり。例えば、会社で仕事をしているときには会議をしたり、黙々と書類を作ったりしていた人が、意外にも家庭ではリラックスして、ラフな格好をしながらラジオを聞いて仕事をしている。

甲斐氏:まさに生活様式の変化ですね。

福吉氏:今まではラジオというと、レガシーで一番使われなくなった機器でした。それが急激に復活して、『radiko』の会員登録人数は1000万人目前だそうです。私は音声メディアの可能性をずっと追っていたんですが、今、急激にブームが来ています。広告投資の予算アロケーションも全く変わってきていて、これまで作っていなかった音声広告を各ブランドで持った方がいいんじゃないか、という話にもなってきています。コミュニケーションを組み立てるときの方程式が全く変わってきたわけです。

 以前は、ビッグピクチャーをまず屋外や駅に出して、ポスターを貼り、帰宅動線のトレインチャンネルで流して、テレビは適度に流しながらゴールデンタイムの時間帯を押さえて、という具合でした。でも、今は17時になると家での仕事が終わってしまいます。ゴールデンタイムにテレビを見ているかというと、その時間帯には布団に入っている人もいます。

 今まで東京では21時以降の時間帯のテレビCMを取っていくというのが正解でしたが、21時以降にテレビを見ている人がどれだけいるのか、という話になってきています。一方で、デジタルの接点が増えているわけですが、皆さんが純広告を増やし過ぎたせいで広告レートが上がっているんですよね。そこでバナー広告をどんどん出すのかというと、それも違うな、と。結果としてコンテンツに注力しているわけですけど、やはり文脈に寄り添った形で広告を置かない限りユーザーには受け入れられない時代になったと思います。今となっては、テレビCMや交通広告で余った予算をデジタルに使っていた頃とは、優先順位がガラッと入れ替わった印象があります。

甲斐氏:そうした変化への対応は、社内ではどう進めていくのですか。

福吉氏:各担当者は自分が担当するメディアに関する記事を探してきて、「今こうなっています」ということを部内で共有しています。テレビの接し方がこう変わってきました、ラジオの接し方がこう変わってきました、という情報がどんどん上がってきたことで、みんなの知見が溜まっていきました。そこで今、私たちがまとめた知見を事業部のブランドチームと共有してアロケーションを変更していく、ということをしています。

「人」や「企業」で商品を選ぶ時代の到来

福吉氏:朝倉さんが人事の仕事に関わられているのは、すごくいいですね。やはり人の魅力を見つけ出すことや人と人をつなげることがお得意だと思うんです。

朝倉氏:ありがとうございます(笑)

福吉氏:朝倉さんは今まで、プロダクトをプロデュースする仕事をしていたと思うので、それが人に変わると、仕事の在り方も変わってくると思います。世の中に流布していく商品をプロデュースしていくことと、人にフォーカスを当てて広げていくこと、その違いをどう考えていますか。

朝倉氏:絶対ではないと思いますが、いわゆるプロダクトはどちらかというとマーケット型の発想になりがちじゃないですか。市場があって、その中でどう差別化するか、みたいにマーケット主導の印象があります。でも、人になると「あなたが本当にやりたいことは何ですか?」という形で話が始まります。その人がどうなりたいのか、どうありたいのか、といった話になっていって、人の方が企業の思考に近づいていくんです。

 本当は企業の思考も個人の思考も似ていて、そこにプロダクトを介すと、市場の話になるだけで。例えば、サッポロビールさんだと『丸くなるな、星になれ。』というCMのコピーはライトパブリシティCEOの秋山晶がつくらせていただいたんですが、福吉さんからサッポロらしさの定義として社内でもよく使われるお話を聞いて、うれしかったです。

甲斐氏:そうなんですね。

朝倉氏:はい。企業と人は結び付きやすいと思っているので、人をブランディングしていく方が会社により貢献できるんじゃないか、と最近は思い始めてきたところです。

甲斐氏:コトラー教授のマーケティング4.0では自己実現の時代といわれていますが、それを拡大解釈し個人を主体として社会と契約していく時代だとすると、個人は団体に所属しなければ仕事ができないものではなくなってきますよね。

福吉氏:今は人にフォーカスすることが大事ですよね。世の中にモノがあふれ返るようになると、選ぶ基準が徐々になくなっていってしまいます。ビールの新ジャンルもすごい数があるんですが、どうやって選んでいいか分からなくなったとき、欧米では「その会社が社会に貢献しているか」を見た上で、その企業のモノを選択する、という話があるじゃないですか。日本もだんだんそうなってくるだろうな、と思います。

甲斐氏:そう思いますね。

福吉氏:そうすると、やはり人にフォーカスを当てて、その人がいる企業であれば買ってもいい、という話が今後、出てくるかもしれない。すると、個性豊かな人やキャラクターが立った人たちが企業を体現しているのであれば、その人にフォーカスを当てて外に発信していくことで、企業へのエンゲージメントを高めることもできると思います。

甲斐氏:そう思いますね。今の話を自分に置き換えると、先日、ダイキンのエアコンを買ったんです。でも、私の中では最近、数々のダイキンの企業としてのコンテンツを読んでいて幾つかの観点から好きになっていました。ですので、製品そのものの競合比較は全くせずに、ダイキンという企業を買うという感覚でエアコンを購入したのです。これは今までにあまりなかった経験でした。

朝倉氏:ダイキンというブランドを買ったんですね。

甲斐氏:ダイキンって調べれば調べるほど、すごくいい企業なんです。でも、日本ではコンシューマーの領域が弱いので、それはあまり知られていない。

福吉氏:ダイキンさんは業務用に強いですよね。

甲斐氏:そうなんです。それに、やはり日本企業のメーカーであれだけ海外に進出して、海外の売上げでナンバーワンという企業は少ないですし、技術的にも優れている。私は技術と企業を買ったと考えているわけです。

 このような購買に関する動機付けの在り方はこれからの若者の間ではより一般的になっていくと想像しています。いろいろな調査結果からも「Gen Z」※2は価値観を共有する世代という結果が出ています。彼ら世代を意識してブランディング、ひいては絆づくりに取り組むことが今後、ますます必要なのではないでしょうか。
※2 Z世代、1990年代半ばから2000年代前半生まれの世代

顧客と製品の関係性を変えた『フォトビー』

甲斐氏:ここからは、『フォトビー』を題材に、商品とパッケージの在り方について考えたいと思います。福吉さんから、フォトビーについてご紹介いただけますか。

福吉氏:フォトビーは、スマホで撮った写真をビールのラベルにして、商品を贈ったり受け取ったりできるサービスです。ビールメーカーの取り組みとしては唯一です。このサービスの良さは、最少で3本から発注できる点にあります。従来はある程度のロット数をまとめて何十本と注文しなければいけなかったわけですが、フォトビーは手軽に注文できる点が魅力です。

 このサービスは、自分の携帯の中に入っている思い出をそのまま商品にして自分のもとに届けられるので、「お客さまが商品づくりに関与できる」ということが大きいと思っているんです。実際、「個人の思い出を贈る」という行為自体が重要なファクターになっています。アンケートを取ってみると、2割ぐらいの人は、自分でビールは飲まないそうです。ではなぜ、フォトビーを選んだかというと「自分の思いを届けることができるから」というんです。

甲斐氏:関係性づくり、ですよね。

福吉氏:贈り物をするときに、ビールを飲まない人がビールを選択する入り口は他にないと思います。やはり贈るなら市販、どこにでも売っているものではなくて、特別なものを贈りたい。そうした思いが、お客さまのアンケートにも出てきているのではないでしょうか。それを提供することがフォトビーの価値であり、使命だと考えています。

甲斐氏:いいですね。提供するモノは媒介でしかなくて、フォトビーのお客さまは、人間関係の構築や、それを豊かにしたくてこのサービスを利用しているわけですよね。

福吉氏:そうですね。

甲斐氏:そこにはビールであることの必然性はあるんですか。

福吉氏:私たちとしては、もちろんビールメーカーだから、ということもあります。でも、そもそもお酒って人をつなぐものだし、娯楽を届けるものなんですよね。お酒が持つ楽しさに、その場をさらに盛り上げるパーソナライゼーションの考え方が合わさって、それが倍にも膨れ上がっていく。それがお酒であることの意味じゃないかと思います。それを手軽に飲めるビールで行っているわけです。

朝倉氏:乾杯にもいいですよね。洋酒だと違うかもしれませんが、ビールであれば、とりあえず乾杯、とできますし、特に日本の文化と深く結びついている気がします。

福吉氏:そういう意味では、社員総会で使われることも多いようです。忘年会や決起集会で会社の人たちが集まったときに大型の16本セットを注文、というケースが結構あります。自分たちの思い出の瞬間が演出された会社の記念の品ができて、それでみんなで乾杯するというシーン自体がなかなかセンスあるよね、と言われるらしいです。

朝倉氏:体験の時代と言われていますが、まさにそれを実感する出来事ですね。ちょっとしたデザインの違いだと思うんですけど、そのイベントのためだけに作っている、ということが重要ではないでしょうか。かつ、みんなでビールを手に取って、それを写真に収めたときに思い出ができるわけですよね。

福吉氏:すごい思い出の増幅ですよね。思い出を使って、次の思い出をつくっていく。僕もそれを聞いた時に、それを思い付いた人がいて、法人発注してくれた人がいることに感動を覚えました。特別な体験がプロダクトになって返ってくる、ということがフォトビーのすごさだと思っています。

甲斐氏:最初はそのつもりで商品・サービスを提供したわけではないのに、お客さま自身が別の文脈をつくってくれる、というのは最高ですよね。マーケターとして狙いたくてもなかなか実現できない分野です。

福吉氏:記念日の品として考えていたことが、僕らが想像していた形の記念日とは全く違う発注につながっていたことが驚きでした。

朝倉氏:スマホの中に写真もあるし、人々の間でもクリエイティビティが深まってきていますもんね。フォトビーというフレームを見て、使うシーンが想像しやすくなっているからこそ、そうしたプラットフォームが提供されればみんなが使い始めるわけですよね。もっと広まって欲しいです。

福吉氏:頑張ります。

『フォトビー』は写真やイラストでオリジナルラベルのビールをつくれるサービス。お誕生日に、お年賀に、結婚式に、入学・卒業に・・・、大切な人へ、想い出の写真と伝えたい言葉とともに世界に1つだけのビールを贈ることができます。
注文方法はとても簡単。写真を撮る→注文で、最短1週間程度で発送。写真はカメラやスマートフォンで撮りためたものを使えます。
商品には3本カジュアルセット(305ml×3本入り)、6本ギフトセット(305ml×6本入り)、16本パーティーセット(305ml×16本入り)があります。

https://www.sp-mall.jp/shop/pages/S5/index.aspx

意味をもって手元に届くことに価値がある

甲斐氏:ここからはフォトビーに埋められているラベルやパッケージの本質と未来を少し議論したいと思います。

福吉氏:フォトビーのいいところは、デジタルの中で閉じて完結しているように見えるけれど、それがリアルに手元に届くことです。携帯の写真をみんなでシェアすることとは違うと思うんです。携帯の写真はデジタルであって、そこにリアルはありませんよね。それが本物になって手元に届くことに価値があるからこそ、みんなが利用するのだと思うんです。

甲斐氏:これは、モノを贈られたからではなくて、思い出みたいな他人との間に共にある感情を贈られているからでしょうか。

福吉氏:そうなんです。目に見えない思い出という感情がラベルを介して形になってビールと共に手元に届くということで、その人間関係をさらに発展させるという大きな価値を創造していると考えています。

朝倉氏:そうですね。あと、フォトビーは「相手が自分のことを考えている時間」を感じますよね。商品が贈られてきたときに「この人、自分のためにこんな手の込んだことをしてくれたんだ」みたいな。それって既製品だと分からないですよね。

甲斐氏:フォトビーに関して私が思っていたのは、0から1を発想して形にするマーケターと、生み出されたものを大きくしていくマーケターの存在です。どちらもマーケターには変わりないのですが、必要な資質と行動の方向性は全く違うと私は思っています。サッポロビールさんにはどのような人たちでチームを構成しているんですか。

福吉氏:フォトビーを立ち上げたのは現担当ではなく前任の者ですが、彼は元々あった『わくわくブルワリー』※3というサービスの可能性に着目していました。そして、「もう少しカジュアルに頼めるものの方がよいのではないか」「もっとビールの敷居を下げて楽しんでもらえないものか」ということを考え、フォトビー自体で一つの世界観をつくることを目指していました。

 彼はせっかくサービスを活用し切れていない原因を「サッポロビールに対してどう貢献するか、ということに縛られ過ぎているのではないか」と考えたようです。そこで、どこにもサッポロビールと書かないフォトビーというサービスをつくったのです。これはすごいことですね。
※3 100種類以上のラベルに写真やメッセージを入れた自分だけのビールが届くサービス

朝倉氏:なるほど。

福吉氏:企業名をあえて表に出さないことで、それを単体として成立させようとしたわけです。ビール会社がやっていることから離れることで、違う顧客に対して接点が取れるんじゃないか、という戦略を考えたようです。

 一方で、別の現担当者が目指すのは、フォトビーが自社とお客さまをつなぐ入り口になったり、企業の姿勢自体を伝えるメッセージの役割を果たしたりすることです。その結果として、サッポロビールという会社自体を選んでもらえるんじゃないか、という話をしています。私はこの考え方に共感していて、フォトビーを大きく伸ばせるのではないかと考えています。

甲斐氏:実はフォトビーは私たちの製品HP Indigoというデジタル印刷機で印刷されているのですが、ぜひ一緒にサービスを伸ばしていきたいですね。朝倉さんにもお聞きしたいのですが、一押しのパッケージや作品はありますか。

朝倉氏:直接手掛けているものではありませんが、ライトパブリシティの会長の細谷が作ったカロリーメイトのデザインを紹介させてください。自分たちの仕事を褒めるのはいかがなものかと思うんですけど、すごいなと思いますよね。黄色いパッケージに黒い文字で「カロリーメイト」と書いてあって、お店で今見ても目立つじゃないですか。

甲斐氏:目立ちますし、ほとんどの人が知っていますよね。

朝倉氏:パッと見では中身が分からないじゃないですか。だから、パッケージだけで成立していないんですよね。でも、何かしらの情報をテレビやいろいろなところから得ることで、結局、パッケージからはミニマムの情報だけ得られればいい、という考え方です。

甲斐氏:確かに。

朝倉氏:世に出たのはかなり前なんですけど、カロリーメイトは今見ても全然古く感じなくて、ずっと同じ場所に佇んでいる。あの定番の作り方はすごいな、と。

福吉氏:あれ、すごいですよね、カロリーメイトって、私も昔から知っているけど、よくよく見たら、よく分からないパッケージで(笑)

朝倉氏:よく分からないですよね(笑)。普通にこれだけで考えたら、商品の中身を見せた方がいいんじゃないか、となるわけです。

甲斐氏:よく考えると、よくこれを作ったな、と思いますよね。

朝倉氏:そうですね(笑)

福吉氏:どこにも中身のことを書いてない感じがしますよね。

朝倉氏:すごいですよ。裏を見るとね、やっと「チーズ味」という表記が(笑)。

甲斐氏:確かにね。

朝倉氏:商品のロゴはスクリプトを使っています。黄色いパッケージに成分がバーっと羅列してありますよね。この大胆なデザインはなかなかできないな、って。

福吉氏:結果として、『コカ・コーラ』並みにみんなが想起できるものになっていますよね。

甲斐氏:そうやって考えていくと、カロリーメイトやコカ・コーラのように定番を突き詰め、ラベルやパッケージそのものが広く覚えられ、製品カテゴリの代名詞となっていくタイプと、逆にフォトビーが示したような新しい価値がラベルやパッケージから生まれていくようなタイプの2つに分かれていく気がしてきました。また、ものづくりから体験の時代への進化を考慮すると特に成熟国では後者のほうが今後大きく伸びていくように思いますが、そのあたりをもう少し議論しましょう。

(後編に続く)