昨今、モビリティ革命として自動車メーカーや鉄道会社等を中心に盛り上がっているMaaS(Mobility as a Service)。これまで自動車メーカーや鉄道会社等の輸送業界は会社ごとに物やサービスを提供してきたが、それらすべてを一つのサービスとして捉え、シームレスな移動(MaaS)を提供し、利用者の移動の最適化を図る動きがある。
MaaSは、国土交通省等官民が連携することで、利用者個人の最適化にとどまらず、将来的には地域や都市全体の最適化を目指している。今回はそもそもMaaSとはなにか、また国内外の輸送業界におけるMaaSの取り組み、官民が連携し目指すMaaSの姿や輸送業界以外との連携による今後の展望について考えてみよう。
官民が連携し、シームレスな移動手段の提供を目指すMaas
最適化された移動手段を提供するMaaS
MaaSについて考える前に、サブスクリプション型のビジネスモデルとして注目されているNetflixやSpotifyについて考えてみよう。両社に注目すべき理由は、これまでテレビ局や映画配給会社、レコード会社が会社ごとに提供していたコンテンツを一のプラットフォームにまとめ、ビジネスモデルとして確立した点である。コンテンツが集約されたことで、利用者は見たいもの、聞きたいものを探す際に、提供元ごとにコンテンツを探す手間を省くことができるようになった。さらに利用者の視聴履歴に基づくリコメンド機能等により、知らなかったコンテンツにも容易に出会えるようになった。
このように一のプラットフォームに物やサービスを統合し、利用者一人ひとりに合ったサービスを迅速に、かつ丁寧に、そしてリーズナブルに提供することで、利用者はより一層コンテンツそのものを楽しめるようになったと言えるだろう。
そして現在、輸送業界にも同様のパラダイムシフトの波が来ている。
これまで会社ごとに独自のサービスを提供してきた自動車や鉄道、タクシー、バス、カーシェアリング等の輸送業界が、会社や業界の垣根を越えてすべての物やサービスを一つのサービスとして統合し、最適化された移動手段を提供する。MaaSとは、こうした「新しいシームレスな移動」の概念のことを指す。MaaSが実現すれば、利用者は一つのスマートフォンアプリで出発地から目的地まで、スムーズに移動手段の組み合わせを選択、予約、決済まで一括してできるようになるとされる。
例えば自国生産の自動車メーカーがないフィンランドは、マイカー依存からの脱却を目指して官民連携でMaaSに取り組んでいる。例えば「Whim」というアプリは、出発地点と到達地点を入力すると、電車やバス、タクシー、カーシェア等運営母体を問わずさまざまな移動手段を提案してくれる。さらに移動手段の予約や料金の支払い方法は都度払いの他、サブスクリプションもあり、全てスマートフォン上で完結できる。
Whim自体は交通サービスも保有していないが、既存の交通サービスを連携することで移動の最適化を実現しているのだ。
しかし、このように官民連携でMaaSを進めたとしても、最初から輸送業者各社のサービスを全て統合することは難しい。スウェーデンのチャルマース大学の研究チームによると、MaaSは、その統合の程度に応じて5つの段階に分けられるという。
MaaSの4段階(画像は「国土交通政策研究所報 第69号〜2018年夏季〜」4頁より)
レベル0は「事業者が個別に交通サービスを提供する状態」、レベル1は「複数の交通手段の情報が統合された状態」、レベル2は「複数の交通手段を一本化し、予約・決済可能な状態」、レベル3は「一つのサービスとして結合され、定額制が加わった状態」、レベル4は「パッケージ化されたサービスが地域政策と結合している状態」だ。
現在、日本のMaaSは自動車メーカーや鉄道各社等が情報の統合を図るためプラットフォーマになろうと名乗りをあげている段階で、レベル1の状態にある。
オープンイノベーションが進む日本のMaaS
ここから日本の各企業による代表的なMaaSの取り組みについて見ていこう。
●ソフトバンクとトヨタ自動車による「MONET」
ソフトバンクとトヨタ自動車は2018年10月、新たなモビリティサービスの構築に向けて「MONET Technologies株式会社」を設立した。
同社では自動運転社会を見据え、石川県加賀市と連携し、加賀市内で運行されている乗り合いタクシーに通信機器を設置し、データを収集。モビリティサービスや道路計画への活用を目指す等、MaaS領域におけるオープンイノベーションに向けてさまざまな取り組みを行なっている。
●小田急電鉄とヴァル研究所による「MaaS Japan」共同開発
鉄道会社である小田急電鉄は2018年4月中期経営計画(2018~2020年)において「次世代モビリティを活用したネットワークの 構築」を2020年までの目標に掲げた。具体的には自動運転バスの実証実験や、ヴァル研究所と交通手段の電子チケットを提供するためのデータ基盤「MaaS Japan」の共同開発に合意したことを発表。小田急電鉄が展開する多様なサービスだけでなく、他社とのシームレスな連携により、関連サービスも一つのサービスとして利用者に提供するMaaSの取り組みを推進している。
小田急電鉄とヴァル研究所によるオープンな共通データ基盤「MaaS Japan(仮称)」のシステム構成図(画像は小田急電鉄とヴァル研究所のプレスリリースより)
●JR東日本の「MaaS事業推進本部」
同じく鉄道会社のJR東日本ではシームレスな移動の実現を目指し、オープンイノベーションでMaaS事業を強力かつスピーディに推進していくため、2019年4月に「MaaS事業推進本部」を設立した。
同社ではこれまでも2017年に交通事業社、メーカー、教育・研究機関等が連携し、社会課題の解決に向けて取り組むことを目的に「モビリティ変革コンソーシアム」を設立する等MaaS実現に向けた実証実験等行ってきているが、これまで以上にMaaSに力を入れていくことを公表した形だ。
なお、2019年1月には小田急電鉄とMaaS分野での連携を検討すると発表。移動時間の短縮や、目的地までのストレスフリーな移動の実現、さらにはスマートフォンアプリで輸送障害発生時の迂回乗車経路を利用者に提案する等、鉄道会社の垣根を超えた動きに注目が集まっている。
JR東日本が目指す「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」(画像はJR東日本プレスリリースより)
他事業との共創で生まれるMaaSの可能性
このように自動車メーカーや鉄道会社各社がMaaS事業への参入を急ぐのは、今後プラットフォームになるためだけではない。MaaSが単なる移動手段のアップデートではなく、他産業と繋がることで新たな価値を生む共創プラットフォームとしても注目されているからだ。
先に紹介した「MaaSのレベル定義」のレベル3に到達すると、交通と他サービスが統合し、新たなサービス・産業が創出される。交通と他サービスとの親和性は高く、さまざまなサービスの創出が見込まれるが、ここではその内、特に親和性が高い「不動産」、「保険」、「小売・物流」の三つの領域について見ていこう。
●不動産とMaaSの結合
これまで利便性の低さから価値が低かった不動産も、MaaSにより移動の問題が解決されることで価値の向上につながる可能性がある。
例えばサンフランシスコにある共同住宅複合施設「Parkmerced」では住人に対して電子マネーやカーシェアサービス、ライドシェアサービスに使用できる月額100ドルの交通補助を実施し、自動車なしで生活できるコミュニティを提供している。これにより住人はマイカーよりも公共交通機関を利用するようになり、交通費が削減される。また、施設は駐車場スペースを最小限に抑えることができ、両者にとってメリットがある。
さらに、不動産会社と輸送会社が連携することにより、不動産間の移動の時間を活用する動きも見られる。ソフトバンクとトヨタ自動車によるMONET Techonologiesが三菱地所と進める「オンデマンド通勤シャトル」では、東京・丸の内エリアへの通勤者を、スマートフォンアプリで選択した場所から勤務地付近まで送迎。加えて、シャトル内ではWi-Fiを提供し、膝上テーブルを設置することでオフィススペースとして利用できるようにしている。これによりこれまで移動時間に要していた時間を、働く時間や家族と快適に過ごす時間に変えられるようになった。
このように一つの会社だけではなく、不動産会社と輸送会社が連携し、街の仕組みとして取り組んでいくことで、時間や場所に縛られない「スマートシティ」の実現を目指していると言えるだろう。
ビジネスパーソン向け車両の車内イメージ(画像は「MONET」プレスリリースより)
●保険とMaaSの結合
上記のようにMaaSが実現すると、これまでのように個人で自動車を保有することが少なくなる。しかし移動手段がなくならない以上、事故等が起こる可能性は残る。そのため、個人が自動車保険に加入するよりも、モビリティサービスを提供する法人向け保険の需要が増加するだろう。
こうした将来に対応するため、三井住友海上火災保険が2019年1月にMaaS等の業界動向や技術動向の調査研究、保険ビジネスへの影響を踏まえた対策を計画・提案する専門部署を新設する等、保険会社各社はMaaS分野への対応を進めている。
●小売・物流とMaaSの結合
小田急電鉄は2018年4月に発表した中期経営計画において「沿線の魅力を牽引する“集客フック駅”と、夜間人口の増加を目指す“くらしの 拠点駅”に役割を分けて、まちの個性を引き立てる投資や仕掛けづくりを行う」と明言したが、MaaSによって移動のプラットフォームができれば、それをドア・ツー・ドアで実現することも可能だ。
また、利用者の購買データや希望に応じて、最適な移動手段を提供する他にも店舗や商品・サービス自体を運搬することも可能になる
宅配サービスを行う人員の確保が課題となっているヤマト運輸は、DeNAと共同し、「ロボネコヤマト」の実証実験を行った。これまで宅配は専任のドライバーによる有人運転を行っていたが、「ロボネコヤマト」では自動運転車両により宅配ボックスが配送先まで届き、利用者自身が荷物を車両から取り出すサービスになるという。
ロボネコヤマトが自動運転走行した様子(画像はヤマト運輸株式会社プレスリリースより)
将来的には無人店舗に対して、自動運転トラックにより商品を拡充し、買い物も決済も無人で行える小売店も実現されるかもしれない。
今後期待されるユーザーファーストの世界
MaaSにとどまらず、これまで各社が独自に展開していたサービスを利用者目線でフラットに提供するプラットフォームを作り、利用者の行動履歴や趣味嗜好に合わせて柔軟に対応できるようになれば、様々な業界が効率化され、よりユーザーファーストなサービスが新たに生まれるだろう。
しかし、現在の日本では、各社が情報の整理や統合を終えるにはもう少し時間が掛かると予想される。欧米では交通機関の運行情報や、駅等の地理的情報はオープンデータとして整備されているが、日本では2020年の東京オリンピックを前にオープンデータ化を推進している段階である。
さらに日本では道路運送や鉄道等、交通手段ごとに法律が定められているため、既存の輸送業者とMaaS関連の事業社との関係やデータの収集・活用方法等、交通関連の法整備も必要となってくる。今後、官民が連携し、法整備等の体制を整えるとともに、オープンデータ化を実現することで、利用者のニーズに即したMaaSの構築が期待されている。
そしてMaaSが利用者個人だけではなく、地域や都市全体として機能するようになった時、そこに新たな市場が生まれることは想像に難くない。その時何ができるのか、自社が提供できる付加価値について改めて見直すときだろう。





