産学官民連合において
「学」が果たす役割

 2015年発表の調査結果によると、男性平均寿命の伸び率において、青森県は全国3位を記録した*4。ビッグデータ解析などの最先端研究に加え、社会全体を巻き込みながら、健康教育など地道な健康増進活動の両方を精力的に展開してきた成果と村下氏は振り返る。

「健康未来予測や最適予防・サポートシステムを実現することで、健康長寿社会のモデルケースにしていく目標が、着実に成果を挙げつつあると感じています。人々が健康で幸福感に満ちた人生を全うするために、地域は何を啓発し、どんな環境を整えるべきなのか。医療に携わる機関、ヘルスケアに携わる産業、教育に関わる学校や企業など多岐にわたるステークホルダーが、それぞれどんなテーマを掲げて達成していくべきなのか。そうした指針の統制とプロジェクトのマネジメントを、弘前大学COI研究推進機構が担っています」

 産学官など立場を超えた意義ある取り組みは数多いが、調整に苦慮するケースもある。この取り組みでは、ニュートラルな立場を貫ける大学が中心になってけん引していることが成功要因の一つとなっている。

課題解決をモデル化し
「弘前モデル」を世界に

 ビッグデータはさまざまな用途で花開きつつある。ライオンでは歯科や口腔などのオーラルケア分野に活用、エーザイは認知症検査に着目するなど、各社それぞれの戦略的テーマにフォーカスして解析を進めている。

 また、青森県内の小中学校で健康教育を実施した際には、ベネッセとライオンの連携により健康教育のプログラムがつくられた。さらに地元弘前市に本社を構えるマルマンコンピュータサービスが、健康管理アプリ「健康物語」をリリース。楽天、花王、イオン、カゴメなど複数企業が協力して高血圧予防レシピを開発するなど活用事例は多様だ。

 連携成果は他にもある。弘前大学と青森県医師会によるコラボレーションでは、「健やか力推進センター」という人材育成と社会実装の拠点を創設し、健康づくり活動を担う人材を輩出、県内各地での啓発活動につなげ、健康長寿に向け面的な効果を狙う。

 さらに青森県は、独自に「健康経営認定制度」をスタート。地元企業の職域における健康意識向上に努めている。大学間連携も盛んだ。先述のデータ解析連携とは別に、九州大学や京都府立医科大学、沖縄の名桜大学、和歌山県立医科大学など全国的なデータ連携ネットワークを組成した。県内全40市町村の98%が健康都市宣言を達成するなど自治体の成果もある。

「一つ一つの成果も大事ですが、それらがまとまり、ソーシャルキャピタルを豊かにしながら共通の目標に向かっていき、それによって健康で幸福な社会を実現する。これが私たちのゴールです。同時に、こうしたプロセスが、他の地域や諸外国の社会問題解決にも将来的に役立つものと信じています」

 推計経済効果約242億円、雇用創出約1812人、医療費抑制約527億円。同事業が見込む数字から、波及効果の大きさが分かる。日本政府は2017年、アジア健康構想を始動し、日本の健康・医療の知見とノウハウによってアジア社会の課題解決に寄与していく姿勢を明らかにしたが、村下氏はこうしたグローバルな取り組みにも貢献するべく、さらに成果を重ねていきたいと語る。

 近い将来、「弘前モデル」が世界の健康領域でスタンダードになる日が訪れるかもしれない。

*4  平成27年都道府県別生命表(厚生労働省)