日本型スマートシティの過去・現在・未来
スマートシティの機能を享受するのはそこに住む地域住民だが、関わるプレイヤーは行政の主体としての自治体や基盤をつくる不動産デベロッパー、インフラサービス企業、そしてICTを支えるテック企業や大学機関など多岐にわたる。そして何より、都市計画は国土の全体構想と不可分の存在だ。日本でも、そして海外でも国策の一環として進められている。我が国でも、内閣府・経済産業省・国土交通省・総務省・環境省・文部科学省・農林水産省といった各省庁がスマートシティに関する数多くの施策を講じてきた。
行政施策としてのスマートシティ計画はどのように進められてきたのか。石垣氏に、国内で立ち上げられたスマートシティ施策をプレイバックしていただこう。
「行政の支援によるスマートシティプロジェクトは全国各地で推進されてきました。2012~2014年頃に課題解決型のスマートシティがトレンドになったときは、総務省が旗を振った『ICTスマートタウン構想』が進められていました。インフラのスマート化を進めつつ、あらゆるデータをIoTによってセンシング。そのデータで新たな付加価値を提供していこうという都市像です。
それ以前にも、2010年には経済産業省の次世代エネルギー・社会システム実証事業として、横浜市、豊田市、京都府けいはんな学研都市、北九州市の4地域でスマートシティプロジェクトが動いています。国が描くモデルの中で自治体が参画し、多くの企業が未来のマーケットを見据えて参入しました。蓄電池やスマートグリッド(次世代送電網)など、エネルギー系事業が参入を探っていったのです」
しかし、それらの都市計画が一般化し、街に住む人たちに共有されるまでには至らなかった。日本において、スマートシティは官公庁主導のプロダクトアウトな青写真の域を脱していないのが現実である。
「これまでのスマートシティプロジェクトでは、住む人へのサービスという視点で事業が広がってこなかった傾向があるように思われます。ここまでスマートシティ像の変遷を解説してきましたが、やはり求められるのは人との接点です。この教訓を踏まえて、今後は本当のサービス主体に近いところから、マーケットインでの事業展開が求められるでしょう」
人とテクノロジーをつなぐ街への期待、ビジョンとは
これまでの反省を踏まえ、一つの指針になるのは海外におけるスマートシティの動向だ。ICTの利活用が目覚ましい中国やドイツなど、各国でスマートシティプロジェクトが進んでいるが、石垣氏はアメリカで推進されている「スマートシティ・チャレンジ」に着目する。これはアメリカ交通省がGoogleと組み、最も先進的なモビリティ構想を持つ都市を選出するコンペティションだ。
「スマートシティ・チャレンジには、IoTによる自動運転など、新しいモビリティサービスを活性化させていこうとするビジョンがあります。あらゆるデータが有機的に連携して、都市の最適化が進み、人々のQOLが上がっていく。そんなストーリーが浮かび上がり、プライバシーの懸念は指摘されるものの、これが実現したら本当にとんでもない都市ができあがるのでは、と期待が膨らみました。Googleの参画により、都市全体のデジタライゼーションを推し進めるという意思も明確になっています」
スマートシティ・チャレンジが掲げたダイナミックな構想は世界的な潮流になり、新しいモビリティを前提として都市開発がフィーチャーされていった。そして、その胎動は黒船として日本にも到来している。
2019年3月から、国土交通省が「スマートシティモデル事業」を公募。新たなモビリティサービスの導入を視野に入れ、都市・地域課題を解決する事業の支援を打ち出した。現在のところ、先駆的な取り組みを行う「先行モデルプロジェクト」が15事業、早期の事業化を促進する「重点事業化促進プロジェクト」23事業が選定されている。
「センシングによってあらゆるデータがつながるプラットフォームができても、生活者が求めていないものからは何も生まれない――これまでのスマートシティプロジェクトで得られた気付きです。生活者が困っているペインポイントに届き、解決を目指すサービスこそが求められることが周知されつつあります。脱炭素社会に向けて各省庁がスマートシティ戦略を進める中、人々の生活に不可欠な『交通』を軸にした国交省のビジョンに期待が集まります」
自動運転やLRT(次世代型路面電車システム)など、次世代交通システムをハブにして、人の流れ、コンタクトをデータ化。蓄積したデータを建物、オフィス、そして都市全体の最適化につなげていく。石垣氏が冒頭で解説した「人とテクノロジーをつなぐ街」のありようが見える。
「全米で最も住んでみたい都市に選ばれるポートランドはシェアサイクルとLRTを結節したり、駐車場とLRTを結節したりして、コンパクトシティにつながる開発が進められています。そこで目指されているのは旧来型の『スマートシティ』ではありません。人の動きに沿った街づくりであり、人と人が出会うハプニングプレイスを作るといった、ストーリーを創発するような街づくりです。日本では全体を最適化させる視点がなかなか取り入れられず、トップヘビーでの都市開発には難題が多いとされていますが、人々のペインポイントを探し、つながりを生んでいく街づくりへの期待はあります」
国交省主導の実証事業をはじめ、トヨタ自動車とパナソニックが街づくり事業で合弁会社を設立するなど、民間でも次世代の都市計画を模索する動きは活発だ。生活者視点に立った、人とテクノロジーを結ぶ新たな街の在り方に注目していきたい。