コクヨ経営企画室 DXデザイン室室長の三宅健介氏

「DX=デジタルエクスペリエンス」と定義

 1905年の創業で120年近い歴史を持つ文具メーカーのコクヨは近年、主力事業である文房具やオフィス家具といったモノづくり企業から、顧客にワークスタイルやライフスタイルを提案する企業へとシフトを進めている。

 事業領域を広げる過程で鍵を握っているのが、社内に根付く「実験カルチャー」をいかに発展・醸成させるかということ。

 コクヨではオフィス家具を開発する際、オフィス内のレイアウトや運用方法、働き方がどう変化するのか、まずは自社社員が製品を使用してみることで機能のブラッシュアップやサービスの向上につなげてきた。また、社員が実際に働いている様子を顧客に見てもらう「ライブオフィス」を1969年から30年以上行っている。

 そこでたまったデータや知見の分析をより高度化させ、顧客価値を最大化させるために取り組んでいるのがDXの推進だ。2021年4月、経営企画本部内に「DXデザイン室」を設置したが、同室長の三宅健介氏がその経緯を語る。

「コロナ以前から少子化やペーパーレス化によってステーショナリーの市場は縮小していましたが、コロナ禍によってリモートワークが進んだことでオフィス不要論が出てきたり、学校もリモート学習が多くなってさらにノートが使われなくなるなど、弊社にとっては向かい風の市場環境でした。

 しかし顧客視点で考えると、デジタルとアナログを使い分けながら仕事や勉強をしていて、新たな困りごとも発生しているはずです。弊社が自社の強みである共感共創を生かして、その課題を抽出し解決法を考えることで、新たな市場を見いだせるのではないかと考えています。その際に、社内に知見の少ないデジタル領域について事業側に伴走し、共にお客さま起点で新しいワーク・ライフスタイルの価値を作り出す目的でDXデザイン室が新設されました」

 三宅氏のキャリアをさかのぼると、2005年のシャープを皮切りに電通コンサルティング、日本総研を経て、2013年にコクヨに入社。その後、2017年にアマゾンジャパンに転じた後、2021年6月、再びコクヨに戻り今日に至っている。

 これまで海外事業にも数多く携わってきた三宅氏だが、GAFAがデジタルを駆使しながらさまざまな業界を構造ごと変えてしまう状況も目の当たりにし、会社を大きく変革させるデジタルスキルや経験が必要だと考えたという。そこで、アマゾンでデータ・ドリブンな事業運営やオートメーションによる事業拡大を学び、そのナレッジを日本企業にも移植すべくコクヨに戻ったわけだ。

 三宅氏はコクヨのDXを「デジタルトランスフォーメーション」ではなく、「デジタルエクスペリエンス」と定義しているが、そこにはどんな狙いや意思が込められているのだろうか。

「よく『DXを導入します』という言葉を聞きますが、DXとはツール導入などの打ち手を指すのではなく、社員全員のマインドセットがデジタル前提に変わる、働き方がデジタルを前提としたものになる、マネジメントがデータを活用した意志決定に変わるといった風土改革が本質だと思っています。

 そういった風土の上で、お客さまの働き方や学び方の課題を解決するために新しい“体験”を作っていくことがゴールです。弊社では『体験デザイン』と呼んで、大切な価値観にしています。そう考えると、顧客と従業員の双方に向けてデジタルエクスペリエンスをデザインすると定義した方が、より何をやりたいのかが明確になるのです」(三宅氏)

 DXデザイン室はメンバーのうち半数が外部からの登用という混成部隊で、UX(ユーザーエクスペリエンス)、DD(データドリブン)、EX(エンプロイーエクスペリエンス)という3つの機能を持つ。

 UX機能は前述したオンラインとオフラインの掛け合わせた顧客体験の設計、検証、改善をサポートする。DD機能は、事業の進捗把握と意思決定のスピードを上げていくためにデータ基盤整備や分析業務を支援する。そしてEX機能は社員の生産性とクリエイティビティを最大化するため、デジタル業務アプリケーションを活用した業務体験の設計をサポートする役割があるという。

 DXで取り組むテーマは5項目から構成され、「データ分析基盤構築」「プロジェクトワーク基盤構築」「事業の業務プロセス改革」「コーポレート部門の業務プロセス改革」、そして「顧客体験価値の拡張(領域拡張・新規ニーズ)」を掲げている。