新規事業をいかに立ち上げ、イノベーション実現につなげるか。製造業をはじめ多くの企業が抱えるテーマだ。村田製作所インキュベーションセンター長で、PIECLEX最高技術責任者(CTO)の安藤正道氏は、開発のタネを事業化するには技術、タイミング、戦略も大切ながら、何よりハートが欠かせないと確信している。自らの実績と経験に基づく成功のための「新規事業の型」について聞いた。

<編集部からのお知らせ>
村田製作所の安藤正道氏も登壇するオンラインイベント「第7回ものづくりイノベーション」を、2022年11月15日(火)、16日(水)に開催します!
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村田製作所 安藤氏のほか、トヨタ自動車TPS本部 本部長 尾上恭吾氏、富士フイルムホールディングス 執行役員 CDO ICT戦略部長 杉本征剛氏やデンソー 研究開発センター 執行幹部を務める成迫剛志氏などDXと企業変革を推進するキーパーソンが多数登壇します!

技術、タイミング、戦略、そしてハートが欠かせない

――新規事業の立ち上げを促すための仕組み作りについて、どう重視していますか。

安藤 新規事業にチャレンジする機会を与える方が、社員たちにとってはそこに挑戦しやすくなるとは思います。

 村田製作所もこれまで、社員が新規テーマにチャレンジするための「みらいの扉」という制度や、部署を越えて同年代の社員が新商品·新規事業を企画する「世代別新商品企画」、また当時の村田恒夫社長に提案メールを直接送信する「Tsuneo Post」などの制度がありました。今は、これらの制度を統合して「創発活動」という取り組みに発展させているところです。

 こうした制度や取り組みがあれば、現業の仕事をしている社員も足を踏み込みやすくなるでしょう。実際、私も2007年に「みらいの扉」を利用して、圧電性ポリ乳酸という材料の研究とそのデバイスの事業化に挑み、製品にすることができました。

 けれども、そうした仕組みよりも、根本的に大切なことがあると思っています。それは、新たなことに挑む本人がどれだけのハートを持っているかです。ハートは情熱や覚悟と言ってもいい。

 私が今、村田製作所で所属している事業インキュベーションセンターは、開発のタネを事業化していくところですが、社員たちには「4つの要素」をそろえてきてほしいと伝えています。「技術」「タイミング」「戦略」、そしてもう一つが「ハート」です。技術はとても大切ですが、ハートこそ全ての源泉だと思っています。ハートだけは外部から持ってこられませんからね。

――ハートのある人から新規事業は生まれる、と。

安藤 ええ。これまでの私の経験からすると、技術のタネを集団で事業化していこうという例はあまり多くありません。むしろ、個人がこれを事業にするんだと動き始めたものの方が事業化に結び付きやすい。集団で取り組む場合、ハートが分散して行方不明になってしまうこともありますが、個人の場合はその人がどれだけ強いハートをもち続けるかだけですから。

 挑むと言い出したのは自分だし、絶対に成し遂げたいとなれば、壁にぶつかっても必死に考え続けることでしょう。

悩み抜いた末に降りてくる「セレンディピティ」

――日頃から「セレンディピティ」(思いがけないものを発見する能力)の重要性を述べておられます。

安藤 難しい技術課題にハートを持って必死に取り組み、悩み考え続けていると、予期せぬタイミングでふとその解が降りてくることがあります。それを「セレンディピティ」と呼んでいます。

 これまでの35年間の仕事で、私個人として100件を超える特許を出願してきましたが、その中でたった5回だけ自分なりにすごく大きな発明をすることができたと思えることがありました。そのいずれの場合も、悩み続ける中で、電車の中から景色を眺めたり、人と会ってしゃべったりと、仕事とはあまり関係のないときに「その瞬間」が来るのです。

 携帯電話の基地局に使われる誘電体多重体モードデュプレクサを製品化するため、鍵となる自動調整装置をどうにか作れないかともがいていたところ、阪急電車の中で課題の解決策となるアルゴリズムが降りてきました。すぐノートに全て書きとめ、翌日、早速実行してみると半年近く全くできなかったことが一発でできました。それは、高いハードルを必死に越えようとしていたら、ハードルの下をくぐり抜ける通り道が見つかったような感覚です。必死にがん ばった人だけに降りてくるご褒美としか言いようがありません。

――「セレンディピティ」が伴う新規事業は、伴わない事業と違いがあるのですか。

安藤 セレンディピティを経て実現できた製品や技術は、人々に驚かれるし、高い評価を得られるものだと経験的に感じています。

圧電技術と繊維技術を結合しイノベーションを実現

――新規事業として2020年に帝人フロンティアとの合弁企業PIECLEXを設立しました。

安藤 力が加わることで電気エネルギーを生み出し抗菌作用を発揮する「圧電繊維」を現時点では事業化しています。村田製作所が持っている圧電技術と帝人フロンティアが持っている繊維技術を組み合わせて、「ピエクレックス」という製品・ブランドを展開しています。多方面からインパクトがあるとの評価を頂き、社会的にはイノベーションを実現できたのかもしれません。

 今後の事業展開については社長の玉倉(大次氏)に任せていますが、彼を中心に考えた「“でんきのせんい”で世界を変える」というコンセプトを基に活用範囲を広げていければと思います。

――新規事業の立ち上げを自社で行うか、外部と行うかの見極めはどのようなところにありますか。

安藤 それは簡単です。社内にない技術は外部と協力関係をもって得ればいいということです。村田製作所の自前技術だけで新事業のことを考えても実現できることの範囲が狭まってしまいますから。今後、事業化につながる開発テーマの半分ぐらいは外部との連携の中で考えていくべきだと思っています。

――村田製作所の社是と新規事業の関係性をどう考えていますか。

安藤 社是を無視して新規事業を立ち上げることはありません。先ほど技術が大切と言ったのは、社是の冒頭にある「技術を錬磨し」と関係しますし、他に大切にしている「独自性」や「文化の発展への貢献」「協力者の共栄をはかる」ということも、社是に含まれているところです。

 今ある多くの企業も、創業者の個としての理念があって、歩み始めたのではないでしょうか。新たなことに向けて実現したい、挑戦したいという人は、そのための仕組みがあろうがなかろうが、一人でハートを持って壁を突破していくものだと、私は思っています。

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第7回ものづくりイノベーション」ではこの他、トヨタ自動車TPS本部 本部長 尾上恭吾氏、富士フイルムホールディングス 執行役員 CDO ICT戦略部長 杉本征剛氏やデンソー 研究開発センター 執行幹部を務める成迫剛志氏の講演なども予定されている。

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