出所:共同通信イメージズ出所:共同通信イメージズ

 米国で誕生して間もないトランジスタ技術に目を付け小型携帯ラジオを開発、ソニーを飛躍に導いた創業者・井深大。その根底には、異なる技術や知を結びつけ、既存資産を再構成する「オーケストレーション」の視点があった──。2025年8月に著書『組織の不条理を超えて 不敗の名将・今村均に学ぶダイナミック・ケイパビリティ論』を出版した慶應義塾大学名誉教授の菊澤研宗氏に、変革期の組織が陥る「不条理の罠(わな)」を超えるためのアプローチと、リーダーに求められる価値の判断基準について聞いた。

変革に求められる「オーケストレーション」の視点

──著書『組織の不条理を超えて』では、組織が変革を進めることの難しさについて述べています。変革のリスクを乗り越えるためには「オーケストレーション」が必要とのことですが、これはどのような概念なのでしょうか。

菊澤研宗氏(以下敬称略) いつの時代においても、変革を進めようとすると必ず様々な抵抗勢力が出てきます。そして、賢く考える人ほど抵抗勢力を説得するための時間や労力といったコストを正確に計算し、「動かない方が合理的だ」と判断してしまうものです。ここに、日本企業が陥りがちな不条理の罠があります。

 そこで必要なアプローチがオーケストレーションです。この言葉はピーター・ドラッカーが使っていたもので、直訳すれば「統合・調整・指揮すること」です。単に「人をまとめる」「命令する」ということではなく、組織の中にあるさまざまな既存の人的・物的資産を再構成・再配置・再利用することによって、1+1が2以上の効果を生み出す方法論を指します。

 このような方法で異なる人材・技術・部門をうまく統合・調整・指揮することで、部分の総和を超える全体的価値を生み出す「共特化の経済(Economy of co-specialization)」を実現することができます。これは単独では力を発揮しにくい特殊な要素が、組み合わさることで初めて大きな価値を生むことを指します。

 例えば、電気自動車と充電スタンド、ガソリン車とガソリンスタンドのような関係です。それぞれが独立してビジネスを行うことには限界があるでしょう。しかし、各社のビジネスに補完性があることで、これらが結合し、単なる個の総和を超える巨大な全体として自動車ビジネスが成り立っているわけです。