実際のワインはどうなのか?

訪問先が安曇野池田ヴィンヤードということもあって、この土地で育ったブドウを使った最新のワインを4種類、テイスティングさせてもらった。この4種類はそれぞれ使われているブドウ品種が違う。

今回テイスティングした4種のワイン。取材時は小雨がぱらつきだしたので、この写真は後ほどヴィンヤードから送ってもらったもの。これらのワインのように単一品種で造られたワインのことを「モノセパージュ」とか「ヴァラエタルワイン」とか呼び、複数品種をブレンドしたワインと区別する

最初はスパークリングワインで「安曇野池田シャルドネ ブラン・ド・ブラン<トラディショナル・メソッド> 2020」。呪文みたいに長い名前だけれど、冷涼地を好む白ワイン用ブドウの代表にして、高級スパークリングワインでも重宝されるシャルドネ100%。シャンパーニュやフランチャコルタのような世界的にもっとも高級な、つまりもっとも手間のかかる方法=トラディショナル・メソッドで造ったスパークリングワインだ。

安曇野池田ヴィンヤード産ブドウでは初のスパークリングワインだそうなのだけれど、この前に北海道余市産のブドウで、同じトラディショナル・メソッド、さらにシャルドネよりも難易度が高いとされるピノ・ノワールというブドウでスパークリングワインを造っているからか、すでにこなれている印象。様々なブドウをブレンドして重層的に造るシャンパーニュというより、高品質なブドウの良さをストレートに表現するイタリアの高級スパークリングワイン、フランチャコルタのほうが性格としては近い。酸味よりも旨味を伴う苦味でフレッシュネスを表現するあたりはモダニティだ。

それで終わってしまっていても、このワインは十分に好評価に値するとおもう。国外の名産地のワインに、全然、負けていないし、シャルドネのスパークリングワインらしさに溢れている。ただ、そのうえでちょっとした個性があった。それがミカンのようなニュアンス。特に後味にこれを感じやすい。シャルドネは一般的にはレモンやライム、あるいはバナナやパイナップルの風味が感じられるといわれるけれど、ミカンは初体験。すごくキュートで、このワインのチャームポイントだ。

続いては「安曇野池田ソーヴィニヨン・ブラン<薫るヴェール> 2023」。ソーヴィニヨン・ブランはフランス、ボルドー地方を原産地としている白ワイン用ブドウだけれど、ニュージーランドも非常に有名な産地。レモンやライム、グレープフルーツ的な味わいと香り、それらの葉のような青臭さ、スパイス的に草っぽさやドライハーブのニュアンスが加わるのが一般的な特徴。

安曇野池田ヴィンヤードのソーヴィニヨン・ブラン。プリッとしている

ただ最近は、ソーヴィニヨン・ブランを使った変則的なワインが増えている。このブドウは育つ場所、育て方、醸造方法でものすごく多彩な表現ができるからだ。そういう変化・変則なんでも来いな昨今のソーヴィニヨン・ブラン界隈にあって、グランポレールのこちらは、まったく奇をてらっていない、すがすがしいまでの正統派。

先ほど話題にした栽培責任者の石原大輔さんとソーヴィニヨン・ブランの畑。カベルネ・ソーヴィニヨンより高い位置にあり、斜面の形状に応じて樹列の角度がやや異なる。基本的に樹列は標高の高いところから低い方へ続き、樹列の間を風が通る

そういう正統派ソーヴィニヨン・ブランのワインは、白ワインとしてはしっかり目で、甲殻類やオリーブオイルがたっぷりの南仏料理みたいな、ヘルシーだけれどヘヴィという雰囲気になることが結構あるのだけれど、グランポレールのこちらは、ソーヴィニヨン・ブランらしくありながらスッキリ爽やかなところがスゴい。絶妙なバランス感覚でとても上品だ。

昨年まではグランポレール勝沼ワイナリーで醸造家をつとめていた渡邉真介さん。「安曇野池田ソーヴィニヨン・ブラン<薫るヴェール> 2023」の爽やかでありつつソーヴィニヨン・ブランらしい風味の実現は、畑の石原さんと醸造所の渡邉さんの緊密な連携による成果。今年からは安曇野池田ヴィンヤードで醸造を深く理解する栽培家として腕を振るう

続いては赤ワイン「安曇野池田シラー 2021」。シラーというブドウ品種は伝統的に多様で、非常にエレガントなワインが造られることもあるのだけれど、一般的には力強く、渋みも酸味ある黒いフルーツ(ブラックベリーとかプルーンとかカシスとか)、また、コショウのようなニュアンスがあるので、ステーキやジビエと好相性とされがち。

このシラーも基本的にはそのライン。ただ、これも上品で、シラーの持つ野性味がほどよく抑え込まれている。グランポレールとしては珍しくイガイガした感じのタンニンも、この程度の攻撃性があったほうがシラーらしいとおもって好印象だった……のだけれど、このワインの醸造に携わった渡邉真介さんによると、このタンニンはもっと上質で表現力豊かなものにしたいのだそうだ。

シラーを特徴づけるコショウのニュアンスは「安曇野池田シラー 2021」では粗削りの黒コショウというよりもテーブルコショー的な控えめなもの。また、熟成期間が長いからなのか、若干、和風な、様々な木や草が織りなすような香りがあるのが個性的で面白かった。

そして最後が「グランポレール 安曇野池田カベルネ・ソーヴィニヨン 2021」。カベルネ・ソーヴィニヨンはピノ・ノワールと双璧をなす赤ワイン用の定番ブドウ。これぞ赤ワインという、熟した果実感、濃密なタンニン、そしてそこに酸味を経糸のように通してまとめていくのが造り手の腕の見せどころなのだけれど……グランポレールの選択はこれまた実に誠実なものだった。

そもそも複雑性に富むカベルネ・ソーヴィニヨンを主体としたワインは、技巧的で難解なワインを造るのに向いている。しかし、しばしばそれが不自然に大げさに表現されて鼻につくことがある。グランポレールのこのワインは、そういう虚勢めいた大仰さがない。素直に果実の魅力を引き出すことに技術を使っていると感じられる。また、カベルネ・ソーヴィニヨンらしい、充実感、凝縮感はあるものの、ドロっとしたワインとは真逆のスムーズさで、まろやかな口当たり、上品な酸味とタンニンの、親しみやすい温かみをもったワインとしてまとまっている。10年待たないと真価を発揮しない、みたいなこともなく、収穫から約4年の今で、十分に飲み頃だ。