日本を代表する老舗ビールメーカー・サッポロは1974年から日本でワイン造りを続けている歴史あるワインメーカーでもある。「グランポレール」はそのサッポロが日本のブドウで世界レベルのワインを造るという志のもと2003年に生み出した日本ワインブランド。先だって、このグランポレールが所有する畑のひとつ「安曇野池田ヴィンヤード」の見学に誘われた。
ということで到着したグランポレール安曇野池田ヴィンヤード。2009年開園。総面積12.4ha、うち10haがブドウ畑。西向き寄りの南西向きの斜面のブドウ畑で、斜面の先には水田、その先に高瀬川という信濃川水系の一級河川が流れる
ワイン好きがよく使うカタカナ
シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・ノワール……こんなカタカナを聞いてピンとくるなら、あなたはきっとワイン好きだろう。これらは世界中で育てられている定番のワイン用ブドウの品種名だ。
私は、こういうカタカナと取っ組み合って、ワインを“勉強”することはあまりオススメしない。ワインは確かに、ビジネスや政治と強く結びつくことがある。ワインの知識が交渉の場面で有利に働くこともあるだろう。ただ、少なくもと現代において、ワインは時間を楽しくする飲みものであることが本質的な価値であって、私たち消費者がワインを真面目に“勉強”しないと楽しめない、なんてことはないとおもうからだ。
とはいっても、せっかく飲むのであれば、これはどんな飲み物なんだろう? と興味を持って欲しいとはおもっている。ワインは、詩や小説、歌や絵画のように、その興味に応えてくれる飲み物だ。
そういう時に、最初に挙げたようなブドウ品種の個性を知ることは、非常に有効な感性の補助線になる。詩や小説、歌や絵画を楽しむのにも語彙や歴史を知っているに越したことはない、みたいな感覚だ。
グランポレールはワインへの扉だ
この時点で付き合いきれないというのであれば、とても残念だけれど、あなたも同じ赤ワインでも使われているブドウがカベルネ・ソーヴィニヨンかピノ・ノワールかで、何がどう違うのか、気になりはしないだろうか? この違いを理解するのはとても簡単だ。
ちなみにこれが今回訪問したグランポレール安曇野池田ヴィンヤードのカベルネ・ソーヴィニヨンの果実
カベルネ・ソーヴィニヨンのワインとピノ・ノワールのワインが入ったグラスを並べて、代わる代わる味わえばいいのだから。そして、それをやるのにオススメな場所だなぁと常々おもっているのが、東京・銀座にある「グランポレール ワインバー トーキョー 銀座コリドー街店」。
ここ、日本産のハイグレードなワインが約30種類もグラスでもボトルでも、ワインに合う食事とともに楽しめるのだ。
さらに、ここが重要なのだけれど、銀座のワインバーというとっつきにくそうな字面ながら「グランポレール ワインバー トーキョー 銀座コリドー街店」はふらっと入りやすく、かつ価格設定が非常に良心的だ。
なんでそんなありがたいことになっているのか? 想像するにここはサッポロの直営店だからというのがひとつ。グランポレールとはサッポロの造る日本ワインのブランド名だ。そしてもうひとつは、おそらくサッポロはかなり真面目に、日本にワイン好きを増やしたいとおもっているからだ。ワインを好きになるにはたくさんのワインを味わうのが一番で、その際の経済的負担は少ない方が助かる。
そんな姿勢も誠実だとおもうのだけれど、グランポレールのワイン自体も、私は、誠実だとおもう。
グランポレールのワインは品種品種の個性がはっきりと表現されていて、その上で土地や造り手の個性もきちんと感じられる。品質に対する疑問を感じたこともない。どれもが商品としての一定のラインをクリアしており、信頼できる。一通りグランポレールを味わえば、あなたはきっと、ワインが面白くなっているはずだ。
ただ、弱点もあって、真面目な分、派手さに欠ける。ワインの場合、若干の破綻や欠陥、ある種の突飛さが魅力になることがあるのは事実だ。また、そもそもの問題として、もっと派手な広告宣伝をするのも有効な手段だろう。
グランポレールはそのあたりが真面目で、ここにこんなにしみじみと良いワインがあるということが、どうも十分伝わっていないなぁと常々感じていた。
安曇野池田ヴィンヤード
そのためこのほどグランポレール安曇野池田ヴィンヤードというブドウ畑に招かれたのはチャンス到来だった。私はグランポレールを紹介したい。さらに家族が松本に住んでいるので、信州びいきである。この記事は広告記事ではないけれど、今回私は、自発的にかなりやる気がある。
グランポレール安曇野池田ヴィンヤードは、とてもいいブドウ畑だ。方角的には南西を向く。つまり午後から日没にかけては、湿度の低い高地ならではの(標高はおよそ560から630mだ)鮮明な太陽光に恵まれているのだけれど、周囲を高い山に囲まれた松本盆地(安曇野平)とあって、日は傾くと山に隠れる。そうなると一気に斜面を走る冷涼な風が周囲を冷却する。これがブドウにいい。
取材時は曇っていたけれど正面に見える富士山的な形状の山が安曇野池田ヴィンヤード産ワインのラベルにも描かれている有明山。安曇野平は複雑な扇状地で、西側にはこの山を含む北アルプスの2000m級の山がそびえる
例えば今年の8月。残念ながら先だって一度、雹の被害を受けてしまっているものの、日本が記録的な酷暑にあえぐなか、このあたりは日中は強烈な太陽光が照りつけてガツンと35℃を超えるほどに暑くなり、日が陰ると20℃を下回るほどに涼しくなっていた。
こういうメリハリの効いた夏はこの地域の典型的な気候。ブドウの果実が成長し、果皮が色づくタイミングである夏場、ブドウ樹は葉にたっぷりと光を浴びて栄養(糖)をつくる。その後、ぐっと寒くなるとせっせとその栄養を子孫、つまり果実へと送るのだ。
ワインの美味しさを決める要素はたくさんあるけれど、ブドウの果実が栄養たっぷりで甘いことは絶対条件。ここは、その条件を満たす。
もうひとつ美味しいブドウ栽培に重要なのは土壌の水はけが良いことだ。水が多いと果実の中の水分量が増えて味が薄まったり、そもそも木や果実の病気の原因になる。グランポレール安曇野池田ヴィンヤードは斜面にあること、土中に大小の石が多いことで、水はけが良い。
ブドウ畑になっていない部分の土はこんな状態。畑になっているところは、表土付近の大きな石が除去されている。この畑のブドウ栽培責任者であり、開拓時から働いている石原大輔さんは、当初、この石の除去が大変すぎて人生を考え直しかけていたという。「石原が石の原に負けそうになった」というのはグランポレールチームの笑い話になっているとか……
あと、そもそも日本の中ではだいぶ雨が少ない。ブドウの生育期にあたる4月から10月までの降水量は801mm、年間1065mmとのことで、これは日本の平均年間降水量1700mmよりずっと少ない。ワイン産地で世界的に理想とされる500~900mmに迫る少なさだ。
さらに全体的に程よく土壌が痩せている。これも重要。最近は栽培技術の発達で、必ずしもすべてのケースに当てはまらないけれど、表土が肥沃だとブドウ樹は幹や枝、葉を成長させがち。しかし栄養が足りないと、果実を優先する。さらに、栄養を探して根を地中深くに張り、結果的に、葉の栄養を果実に運ぶ際に必要なミネラル分を入手しやすくなる。
こちらはカベルネ・ソーヴィニヨンの樹列。鈴なりになった小粒の果実にぎゅっと美味しさが凝縮される
とまぁ、こういったことで、この土地はブドウ栽培に向いている。特に伝統的なワイン用ブドウの栽培に向いている。
