ダンブリー・リッジのワイナリー

イギリスワインの重要な造り手 2「ダンブリー・リッジ」

もうひとつ、今回、おお!とおもったのが「ダンブリー・リッジ」。こちらはスティルワインの造り手だ。ジャンシス・ロビンソンMWは重要性において、スパークリングワインがナイティンバーならスティルワインはダンブリーリッジ、との評価。

実際、ぼんやりグラスを顔に近づけて、え?と驚いた。香りも舌触りも、想像よりかなり上の高級感だったのだ。

きちんと味わうと冷涼なだけでなく暖かさも日照もしっかりとある環境で、よく熟したブドウを、ここぞ!というタイミングで収穫したブドウの良さと、そこから自分の思い描くワインを仕上げた造り手の技術力と好みのようなものが感じられた。

スタイルは温暖なエリアないし気候のブルゴーニュワインに近く、そこにちょっと、カリフォルニアワインの世界観が加わったような雰囲気。冷涼地のワインでもドイツやイタリアの雰囲気とは違う。

このワイナリーは設立のストーリーがなかなか変わっている。醸造家はリアム・イジコフスキーという人物で、北アイルランド出身。アマチュアジョッキーだった彼は、1995年にテレビでジャンシス・ロビンソンMWがカリフォルニアのワイナリーを紹介しているのを見て、太陽燦々な風景にあこがれてカリフォルニアでワイン造りを学びはじめたのだそうだ。以降、数々の経験を積んで立派な醸造家となったリアムさんは、イギリスのワイナリーで働いていた2016年に、バンカー夫妻という、もともとは金融業者の夫婦が買って、紆余曲折の後にブドウを育てていた土地のブドウを買った。このブドウから造ったワインがあんまり素晴らしいので、バンカー夫妻にワインを送ったところ、夫妻も自分たちの敷地からこんなにスゴいものができるのか!と驚き、結局、ここにワイナリーを設立して、ワイン造りをリアムさんに任せることにした。これで「ダンブリー・リッジ」が誕生したのだそうだ。

ダンブリー・リッジのワインメーカー リアム・イジコフスキーさん

さらにリアムさんの師匠であり、かつ特に地質、土壌に関する知識が豊富なジョン・アトキンソンMWも、リアムさんのもとを訪れた際にバンカー夫妻のブドウを知り、ダンブリー・リッジの可能性を感じたそうで、2018年からダンブリー・リッジのブドウ栽培・醸造コンサルタントとして、ワイン造りやビジネスに深く関わっている。

ジョン・アトキンソンMW

今回、私が試したのは2021年のシャルドネと2021年のピノ・ノワールの2種。シャルドネの方は樽香がしっかりあるスタイル。レモンのような酸味もかなり強い。という言い方をすると上質なワインにはおもえないかもしれないけれど、酸味は制御されていてまろやかで、樽使いもとても巧み。澱との接触が生み出す旨味に樽のニュアンスが良くマッチして、スパイシーな印象もわずかにある。重厚感も本格的で、美食に合うワインだ。

ピノ・ノワールもブドウの良さ、巧みな樽使いは同様に感じた。酸も十分にあるけれど、骨格として全体を支えているのは、苦み。この苦みは単純に果皮のタンニンだけではなく、ピノ・ノワールそのものの特徴とか樽とか、複合的な要素から成っているとおもわれ、スパイシーさやドライハーブのような雰囲気を併せ持っている。だから、力不足ではないけれど、軽量級のワインではあって、これは好みの問題でもあるけれど、あともう少しだけ、重みが欲しいと私はおもった。

畑は基本的にイギリス南東部に位置するエセックス州にあり、イギリスでもっとも乾燥し、日照量が多いという。ジョン・アトキンソンMWのおかげで徹底的な土壌調査を行っており、特にカネードンというエリアなどは「この土地はイングランドのペトリュスと呼べるような、この国で最も優れた土地である可能性がある」のだそう。かつ、気候は1980年代から1990年代のブルゴーニュと非常に似ているのだそうで、この組み合わせが頭一つ抜けたイギリススティルワインを可能にしている様子。

畑の所有面積は現在約35ha。最初の植樹は2014年。その区画は「オクタゴン・ブロック」という

ダンブリー・リッジのワインはピノ・ノワールもシャルドネも11,000円(税別)なので、お安くはない。とはいえ、ワイン好きなら一度体験してみる価値はあるとおもう。こんなワインができるの!? という驚きと独特の個性は、スパークリングワイン以上かもしれない。