
2018年にインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)で、女性醸造家として初、そしてシャンパーニュ地方以外の醸造家としても初の「スパークリングワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」に輝いた実力派
イギリスワインの重要な造り手 1「ナイティンバー」
ジャンシス・ロビンソンMWがイギリスがシャンパーニュに負けない産地だと立証したワイナリー、としてナイティンバーを紹介したとき、私はお墨付きをいただいたような気持ちに勝手になった。
おそらく現在、イングリッシュワインを試すなら、まずはナイティンバーからだろう。イギリスワイン業界的にはここのビジネスの成否が今後の行く道を決めるくらいではないだろうか?
まず規模が大きい。ウェスト・サセックス、ハンプシャー、ケントに11カ所、425haものブドウ畑を所有している。シャンパーニュ地方では大手でも自社管理の畑はせいぜい200から300ha程度(モエ・エ・シャンドンや生産者組合のように300ヘクタール以上の畑を管理している組織もごく少数はある)。ナイティンバーは初めてブドウを植えたのが1988年なので、いかに急拡大しているか、つまり大投資を行っているかが推測できる。
この大投資を実現したのは、旧オーナーのアメリカ人カップル&シャンパーニュ地方出身のワインメーカーではなく、ナイティンバーを2006年に引き継いだ現オーナーのエリック・へレマ。この人物はオランダの海運会社「ヘレマ・マリン・コントラクターズ」の創業家に1960年に生まれたという。そしてヘレマ時代になってすぐの2007年、醸造家はシェリー・スプリッグスという女性に代わっている。シェリーさんはイギリス出身でカナダ人の醸造家。彼女はナイティンバーのワインと歴史ある建物(マナーハウス)に惚れ込んでナイティンバーで働きたいとエリックさんにメール。エリックさんはシェリーさんに会うことなく採用したらしい。

英国の土地台帳に「ナイティンバー」というエステート名が刻まれたのは1086年。16世紀には英国王ヘンリー8世の所有地だった
で、現状を見ればこれはもう運命の出会いだ。
エリック&シェリー時代にナイティンバーは大躍進を遂げた。自社畑のブドウのみを使用し、もっともベーシックな『クラシック・キュヴェ』でも熟成は3年以上、畑ごとのきめ細かい栽培、収穫、醸造を徹底しており、先述の畑のサイズ含めてワイン造りのベースとなる部分で名門シャンパーニュメゾンに遅れを取るようなことはない。

生み出されるワインへのプロの評価はめちゃくちゃ高い。
品格ある液体で、寒冷地ならではの切れ味鋭い酸味と長期熟成がもたらす旨味がナイティンバーのスパークリングワインに共通する強みだとおもう。
ただし「価格も質もほぼ同等ならシャンパンでもいいんじゃない?」という疑問が私にはずっとあった。これはイングリッシュワイン全体におもうことでもある。英国には小規模生産者や本業は別にある生産者が多く、そういうところの趣味性の高い俺の理想のワインは世界のどこかにすでにあるワインと似ていてもいいとはおもう。シャンパンに追いつけ追い越せも大事だろう。しかし、ナイティンバーは、もう十分、シャンパンに追いついている。
とおもっていたら、MW来日のちょっと前に、シェリーさんが来日して『ティリントン・シングル・ヴィンヤード2016』という7月から日本発売される新商品をお披露目した。これはウェスト・サセックスのティリントンという畑のピノ・ノワール(73%)とシャルドネ(27%)をブレンドしたスパークリングワインで、8年もの長期熟成を経ている。公式のプレスリリースの表現が本当に的を射ていて
フレッシュなラズベリー、⾚リンゴの果⽪、バラの花びらの濃厚な⾹りに満ち、⼝に含むと、オレンジピール、アプリコット、マジパン、そして贅沢な果実味と複雑なビスケットの⾵味が層をなし、⻑く続く⾷欲をそそる余韻に包まれています。このワインは、重量感のある⿂と合う芳醇さを備えており、アンコウやマトウダイなどがお勧めです。
まさにこんな感じ。ナイティンバーならではの品格は維持しながら、華やかさと特に海に近いとかいうことはないようだけれど(土壌は太古の昔には海底だが)海っぽいイメージがあり、これまでよりもずっと個性的だった。

価格は現時点で未発表だが、英国では2万円強。ナイティンバーのランナップ最高峰は『1086 by Nyetimber』というワインでこれが英国で3万円程度、日本で4万円程度なので、2万円台には落ち着くものとおもわれる
以前、ガズボーンが造った『51°N』というワインを味わって、おお!とおもったのだけれど、それを思い出した。ワインとしては『51°N』と『ティリントン・シングル・ヴィンヤード2016』は全然、キャラクターが違うのだけれど、ともに、シャンパンとの比較において評価されるようなものではなく、技術や設備に恵まれた造り手による土地への偏愛、これを表現したいんだ!という気持ちを感じる。これからは、こんなワインがイギリスワインならではの価値をリードして、イギリスワインのイメージをつくっていくんじゃないかな、と私はおもう。
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