
その言動がビジネスを動かす!マスター・オブ・ワインが来日
ここのところ連続的にイギリスのワインに触れる機会に恵まれた。
それはジャンシス・ロビンソンさんという非常にエラいワインジャーナリストが来日したおかげ。彼女はマスター・オブ・ワインという称号を持ち、この称号の持ち主には、博士号所持者にDr. ナイトにSir.みたいな感じでMWと名前のあとにつけるのが慣わし。特に彼女はワインの造り手でも販売業者でもない存在としては初めて、かつ女性で初めてのMWであり、その影響力たるや、彼女の動向が世界のワインビジネスを左右するレベル。ワイン業界のスミっこを間借りしている私などは、先ほどジャンシス・ロビンソンさんとさん付けするのに強い抵抗を感じたほどだ。
MW来日の理由は、自身のサイトJancisRobinson.comの日本版オープンの告知。この日本版には、単に同サイトの日本語訳記事にとどまらず日本の酒類に関する情報も掲載されるそうだ。
あわせて、MWによるいくつかのセミナーが日本で開催された。それらはあっという間に満員御礼状態だったようなのだけれど、私は幸運にもそのうちのふたつに出席させてもらえた。
そのふたつはともに、ジャンシス・ロビンソンMWの故郷・イギリスのワインに関するものだったのだ。
伸びるイギリスワイン市場
実は、私は何かと縁があって、結構前からイギリスワインをよく体験している。とはいっても10年ほど前は日本でイギリスワインはとてもめずらしい存在だった、というのが私の印象だ。日本で手に入るイギリスワインはほとんどなく、よく名前があがったのはベリーブラザーズ&ラッドという英国ワイン商の日本支店が輸入している「ガズボーン(GUSOURNE)」というワイナリーのワイン。そんな状況が英国ワイン産業の成長・拡大にともなって、どんどん他のワイナリーの名前を聞くようになり、輸入されるイギリスワインも増えていった。
ジャンシス・ロビンソンMWが現在日本で楽しめるイギリスワインとして紹介していたのは、先のガズボーンのほか、「バルフォア(BALFOUR)」「ブラックチョーク(BLACK CHALK)」「ダンブリー・リッジ(DUNBURY RIDGE)」「ハンブルドン(HAMBLEDON)」「ハンドレッドヒルズ(HUNDRED HILLS)」「ハッティングレイ(HATTINGLEY)」「ナイティンバー(NYETIMBER)」「ラスフィニー(RATHFINNY)」 「ローバック(ROEBUCK)」というワイナリーのワインだった。大体これで網羅されているとおもうけれど、実際はもうちょっとある。たとえば、白鶴酒造が「ボルニー(BOLNEY)」という造り手のワインを輸入しているはずだし、シャンパーニュ メゾンのポメリーには「ルイ・ポメリー イングランド」というイギリス産スパークリングワインがあり、これも日本に輸入されている。ほか小規模に輸入されているイギリスのワイナリーの作品がまだもう少しあるはずだ。
これはどうも、世界的にも結構な選択肢のようで、現在、日本はイギリスワインの輸出先として世界2位だそうだ(1位はノルウェー)。
とはいえ2023年のデータによると、輸出はまだイギリスワインの年間生産量の8%ほどとのこと。その年間生産量はといえば、およそ2160万ボトルだそうだ。ワイナリーは221場、ブドウ栽培面積は4,209ha。比較が難しいけれど、シャンパーニュ地方が栽培面積約34,000ha/年間生産量2億8700万本なのでこれには遠く及ばない。一方で、イタリアの高級スパークリングワイン産地・フランチャコルタは3,000ha/2000万本ほどなのでこれよりは多い。ただ、イギリスは2022年比で生産量77%増とのことだから、年によってバラツキがあるとはいえ、かなりぐぐっと増えているのは間違いない。
シャンパンフォロワー
イギリスワインの基本は高級スパークリングワインだ。全生産量の76%がスパークリング。それで先ほど、フランスとイタリアの高級スパークリングワイン産地と比較したのだけれど、この10年ほどで、イングリッシュスパークリングワインはその評価をグイグイと高めている。そして、輸出をより強く意識するようになっていて、世界を代表するシャンパーニュ消費国・日本に熱い視線を向けているのだ。
(2024年現在、シャンパーニュの国外市場として3000万本レベルのアメリカ、2000万本レベルのイギリスに次いで日本は第3位の1000万本レベルにあり、金額的には4000億ユーロ市場、つまり650億円程度の市場だ)
ワインとしてみた場合、イングリッシュスパークリングワインは基本的にシャンパンフォロワー。そもそも歴史的にシャンパン誕生にはイギリスがおおいに影響したとされているし、今もイギリスはシャンパンの大消費国。さらに、グレートブリテン島の南東、特にサセックスとその付近は、地質的に、バリスカン造山運動という古生代後期の造山運動でパリ盆地の周辺にドーナツ状に形成された隆起した土地の一部。このドーナツには、シャンパーニュ、シャブリ、ブルゴーニュと神に愛されたワイン産地が続く。
寒すぎる、という気候的ビハインドが温暖化と栽培技術の向上によって克服されれば、クールクライメット(冷涼気候)はむしろ武器。約束されたスパークリングワインの地で、歴史的にシャンパンを愛する英国がシャンパーニュをベンチマークとしないほうがむしろ不自然だ。
ということでブドウから醸造・熟成まで、イギリスではシャンパン同様のワインが造られ、この5年くらいは、目をつぶって味わえば、むしろイングリッシュスパークリングワインのほうがシャンパンらしいと感じるようなものまで登場してきた。これは、シャンパンに似ているようで根本的な哲学がまるで異なるフランチャコルタとは、ある種対照的だと私は考えている。