生物界における突然変異のように、一人の個人が誰も予期せぬ巨大なイノベーションを起こすことがある。そのような奇跡はなぜ起こるのか? 本連載では『イノベーション全史』(BOW&PARTNERS)の著書がある京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンスの特定教授・木谷哲夫氏が、「イノベーター」個人に焦点を当て、イノベーションを起こすための条件は何かを探っていく。
連載第1回は、TSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー)創業者のモリス・チャンに迫る。
生物界における突然変異のように、一人の個人が誰も予期せぬ巨大なイノベーションを起こすことがある。そのような奇跡はなぜ起こるのか?京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンスの特定教授・木谷哲夫氏が、「イノベーター」個人に焦点を当て、イノベーションを起こすための条件を探ります。
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TSMCはどれほどすごいのか
半導体の世界では、AMDやエヌビディアのように半導体の設計だけに特化して製造は外部に委託する「ファブレス」と、TSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー)のように製造だけを担当する「ファウンドリー」とが分業するようになっている。
ファブレスの半導体メーカーは1000社を超えていると言われている。なぜそれほど増えたかというと、巨額の設備投資が必要な製造の部分をTSMCに外注することにより設計だけに注力することができ、少ない資本でも気軽に創業できるようになったからだ。
TSMCが新たなビジネスモデルを出現させたおかげで、シリコンバレーで半導体スタートアップが次々に誕生、TSMCを共通インフラとして利用した正のスパイラルが始まった。つまり、TSMCは「製造に特化したウエハーファウンドリーのビジネスモデル」というイノベーションを起こすことで、半導体業界を根本から変えてしまったのである。
TSMCの創業者モリス・チャンがいなかったら、このような数多くの半導体開発企業の誕生はなく、エヌビディアも生まれていなかったかもしれない。
2018年にモリス・チャンが一線を退いた後も、後継者が従来と同じ方針でTSMCを率いていくことで、TSMCは成長を続けている。中華圏では企業が巨大化しても創業オーナー家のファミリービジネスとしての場合が多く、TSMCのような近代的な企業体として成長を続けるのは珍しい。
TSMCは現在でも世界最大の半導体製造企業であり、TSMCのウエハーファウンドリー業界における市場シェアは5割以上。TSMCは世界中のハイテク企業、電機メーカー、エヌビディアなどの各種の設計専門の企業から製品の製造を請け負っている。
例えばアップルは、TSMCに製造を委託した半導体をiPhoneやiPad、Apple Watchに組み込んで世界中の消費者に販売している。