今回は藤原道長の嫡妻で、その栄華を導き支えた、黒木華が演じる源倫子(みなもとのともこ、または、りんし)の生涯を取り上げたい。

文=鷹橋 忍 

仁和寺 五重塔 写真=GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

宇多天皇の曾孫

 源倫子は、康保元年(964)に生まれた。康保3年(966)生まれの藤原道長より、2歳年上である。

 父は、益岡徹が演じる宇多源氏の左大臣源雅信。母は、石野真子が演じる中納言藤原朝忠の娘・藤原穆子だ。穆子の父・藤原朝忠は、三十六歌仙の一人に数えられる歌人でもある。

 さらに、祖父は宇多源氏の祖である敦実親王、曾祖父は宇多天皇、曾祖母は醍醐天皇の生母・藤原胤子という、高貴な家系に生まれた。

 歴史物語である『栄花物語』巻第三「さまざまのよろこび」によれば、倫子は后がね(后の候補者)として育てられたようである。

 

道長は、倫子の母親に見込まれた?

 倫子と道長が結婚したのは、永延元年(987)年12月16日、倫子24歳、道長22歳のときのことである(『台記別記』久安4年7月3日条など)。

 この当時、最初の結婚においては、夫より妻が年上であることが多かったという(服部早苗『「源氏物語」の時代を生きた女性たち』)。

 倫子の道長の結婚は、いわゆる「逆玉の輿」だったといわれる。

『栄花物語』巻第三「さまざまのよろこび」には、倫子と道長の結婚の経緯が描かれている。

 道長がどのように倫子を知ったのかは記されていないが、道長は倫子に恋をし、求婚した。

 しかし、倫子の父・源雅信からは、「誰があんな青二才を、婿に迎え入れるものか」と猛反対されてしまう。

 当時、道長の父である段田安則が演じる藤原兼家は、一条天皇(坂東巳之助が演じる円融天皇と、吉田羊が演じる詮子の子)の摂政となっていたが、五男(嫡妻の子としては三男)である道長に政権の座が回ってくる可能性は低かった。源雅信からみれば、道長では不服だったのだろう。

 ところが、倫子の母・穆子が道長を「この君ただならず見ゆる君なり」と評価し、雅信の反対を押し切る形で二人の結婚を進め、実現に至ったという。

『栄花物語』の記述が正しいとすれば、穆子の人を見る目は確かだったといえよう。

 周知のとおり道長は、最高権力者として、摂関政治の頂点に立つことになるのだから。

 倫子との結婚により、宇多源氏の高貴な血統と、経済的支援や政治的後見を手に入れた道長は、栄華への道が大きく開けた。