文=鷹橋 忍
今回は、大河ドラマ『どうする家康』において、豊臣氏(羽柴家)に君臨し、いわば、「ラスボス」といった存在感を見せつけている、北川景子が演じる茶々(淀殿)を取り上げたい。
淀殿? それとも、茶々?
茶々は、「淀殿」の名でも知られる。
しかし、彼女の生存中の史料では、「淀之上様」「よとの物」などと称されることはあっても、淀殿と呼ばれたことは確認できない。淀殿の呼称が定着したのは、江戸時代になってからだという(福田千鶴『淀殿 われ太閤の妻となりて』)。
福田千鶴氏によれば、彼女の本名は「浅井茶々」であり、彼女も生涯、茶々と称したというので、ここでも茶々と表記したい。
5歳で父と実家を失う
茶々が生まれたのは、永禄12年(1569)とされる(永禄10年説もあり)。
天文11年(1542)生まれの家康より、27歳年下である。
父は、大貫勇輔が演じた、近江国小谷城(滋賀県長浜市)の城主・浅井長政。
母は、北川景子が二役で演じた織田市である。
市は信長の妹とされ(信長のいとこなど、諸説あり)、茶々は信長の姪にあたる。
茶々は有名な「浅井三姉妹」の長女で、元亀元年(1571)には鈴木杏演じる次女の初が、天正元年(1573)にはマイコ演じる三女の江が、誕生したとされる。
茶々らは小谷城で育ったが、父・長政と伯父・信長が敵対関係となり、天正元年(1573)、小谷城は信長の総攻撃を受けて落城。
長政は自害し、浅井家は滅亡した。茶々が、数えで5歳のときのことである。