西川一三氏の著作と1年間の徹底的なインタビューをもとに『天路の旅人』を著した沢木耕太郎氏

 第2次世界大戦末期、旧日本軍の密偵(スパイ)として、敵国である中国の西域に奥深く潜入した日本人がいた。名を西川一三(にしかわ・かずみ)という。『天路の旅人』(新潮社)は、沢木耕太郎氏が西川氏の類例のない旅の行程と人生を描いた9年ぶりの長編ノンフィクション作品だ。
『深夜特急』をはじめ多くの旅にまつわる作品を発表してきた沢木氏だが、他人の旅をこれだけ真正面から詳細に描いたのは初めてだという。沢木氏はなぜ西川一三という人物に魅せられたのか。彼の旅と人生のすごさとは?

半分の長さにしたら伝わらない

──『天路の旅人』を読んで、こんな人がいたのかと驚かされました。すごい旅人がいたのですね。

沢木耕太郎氏(以下、敬称略) こんな人がいたんですよね。その驚きは書き手にとっても同じです。やはりノンフィクションというのは、「ここにこんな人がいたのか」という驚きのようなものに支えられているんですよね。こんな人がいたんだ、こんなことがあったんだという驚きを読む人に伝えたくて、延々と努力しているわけです。

──500ページを超える厚い本ですが、読み終えて、西川さんのすごさを伝えるにはこの分量にせざるを得なかったんだなと納得しました。

沢木 最終的に原稿用紙1000枚近くを本にしたんですが、もう少し短くしようと努力はしたんですよ。本当は半分ぐらいにしたかった。けれども半分にすると、やはり何かが落ちてしまうというか、伝わらなくなっちゃうんですね。

 出来上がった原稿を妻に読んでもらって「これを半分ぐらいにしようと思うんだけど」と言ったら、それでは伝わらないって言われたんです。確かに分量はあるけどそんなに長いと感じないからこのままでいいんじゃないだろうかと。おそらく普通の読者も同じ感覚なのではないかと思い、この枚数が生き残りました。