自分のイチオシを探してみよう
さて、さっそく第1部「東京国立博物館の国宝」へ。展示室に入ると、長谷川等伯《松林図屏風》が目に飛び込んでくる。日本水墨画の最高傑作と言われる名品で、これまで何度も見たことがあるが、それでも《松林図屏風》の前では必ず足が止まる。墨の濃淡だけで松林を覆う湿潤な空気をも描き上げた、等伯の卓越した表現力。能登という地方出身の絵師ながら、桃山画壇の絶対的王者・狩野派を脅かす存在になったのも頷ける。
正月にこそ拝みたい、長谷川等伯の異例ずくめの国宝|知られざる日本のすごいアート(第3回)
雪舟《秋冬山水図》もまた、つい見入ってしまう一品。雪舟は「幼い日に涙で床にネズミの絵を描いた」との伝説をもつ日本水墨画の大成者。卓越した画力で知られるが、実は雪舟の作品には“盛り感”が効いている。どういうことかというと、《秋冬山水図》で目を引くのが、画面中央から上方へ伸びる1本の垂直線。現実離れした奇抜な描写だが、この線により崖の険しさや冬の凍てつく空気がこちらへと伝わってくる。
厳しいまでに写実に迫った中国の山水画とは異なり、はったりとも言える“盛り感”で鑑賞者を引き付けた雪舟。ちなみに雪舟は国宝指定作品6件を誇る最多の“国宝ホルダー”でもある。
順路を進んでいくと、次々に名品が現れる。第1部「東京国立博物館の国宝」は国宝のみだから当然なのだが、すべてが見どころ。南宋の画家・李迪の《紅白芙蓉図》は、二図の連作とすることで、朝から夕方への時間の経過を表した花鳥画の名品。本阿弥光悦《舟橋蒔絵硯箱》は、丸みを帯びた柔らかな形状が愛らしい硯箱。東京国立博物館収蔵の国宝刀剣19件を集めた“刀剣の部屋”も、愛好家にはたまらないだろう。
そんな中、「自分のベストを選ぶとしたら」と考えてみた。結果は、久隅守景《納涼図屏風》。久隅守景は狩野探幽の門下生で四天王と呼ばれた絵師だったが、子女の不祥事で都落ちし、北陸で制作に励んだ。貧しい人々の暮らしに心を寄せ、詩情豊かな作品を次々に描き上げる。《納涼図屏風》はそんな守景らしさが詰まった傑作。牧歌的でやさしく、見れば見るほど心があたたまる。