文=藤田令伊 写真提供=六花亭
北海道の名菓で知られる六花亭が運営
冬の長い北海道では、ゴールデンウィークの頃に春がやってくる。本州ではとうに散った桜がようやく見頃を迎え、山々は冠雪でまだまだ白い姿を見せている。
そんな時季に冬期休業が終わって再び訪れることができるようになる二つのアートスポットが十勝にある。ひとつは「六花の森」、いまひとつは「中札内美術村」という。ともに北海道の名菓で知られる六花亭が運営しているところだ。
六花の森と中札内美術村が位置するのは、大雪から十勝までを結ぶ北海道ガーデン街道の南端、中札内村。帯広から車で40分ほど南下したエリアになる。
「報酬を出すのなら引き受けられません」
まずは六花の森。遠くに日高山脈を望み、札内川が流れるすぐ近くにある。ここをひと言で言い表すのはすごく難しい。月並みな言い方をすれば「自然とアートが融合した芸術公園」といったことになるかと思うが、そんな言い方では到底ここの魅力を伝えることはできない。
約10ヘクタールという広大なエリアは北の国の自然がそのまま活かされていて、水量豊かな小川が快いせせらぎを響かせて流れ、その脇には可憐な花々が咲き誇る。明るく気持ちのいい遊歩道を散策すれば、心和む雰囲気におのずと心と体の緊張がほぐれていく――そんな絶妙の環境に恵まれているのだ。
六花の森のなかには、坂本直行記念館、直行デッサン館、サイロ歴史館といった小さな美術館が点在する。いずれも画家の坂本直行にちなんだものだ。
坂本直行は六花亭の花柄包装紙を描いた人物で、六花亭の創業者小田豊四郎が児童詩誌『サイロ』の表紙画を依頼するために訪れたとき、「子どもの心を掘り起こす仕事、協力しましょう。ただし報酬を出すのなら引き受けられません」と答えた逸話が残っている。六花の森は直行が描いた花々の実物を楽しめるところでもある。
これらのミニ美術館はクロアチアの古民家が移築された建物で、時を経たものが持つ「深さ」が漂い、作品を親密な空気のなかで楽しめる。それがいい。大きな器で威圧的権威的にアートを見せられるとかではないおかげで、訪れた者は肩に妙な力を入れることなくリラックスしてアートと向き合うことができるのだ。さりげないながらも重要なポイントになっていると思う。
地元産の農作物を味わえるレストランも人気
六花の森から4キロメートルほど離れた中札内美術村のほうは、六花の森とはまた違った趣がある。カシワの深い林が落ち着きある雰囲気をつくり、抽象的な言い方になるが、「大人」な印象がある。開放的な六花の森、内省的な中札内美術村という言い方もできるように思う。
中札内美術村には、相原求一朗美術館、小泉淳作美術館、北の大地美術館など、やはり小さな美術館がいくつか設けられ、六花の森同様、アートを等身大で味わえる。最近は安西水丸作品館も新設され、一層の充実が図られている。
中札内美術村には、もうひとつ特筆すべき施設がある。「ポロシリ」と名づけられたレストランがそれだ。地元産の農作物を材料にした家庭料理を提供してくれる。家庭料理というとレベルが必ずしも高くないというイメージを抱くかもしれないが、ポロシリで出される食事はクオリティが高く美味。それでいて価格はリーズナブルなので良心的だ。ポロシリを目当てにやってくる人も多い。
独特の「心地よさ」に満ちている
アートと自然は相性がよく、庭園美術館と呼ぶべき施設は各地にある。仕事柄、筆者は内外のそういう場所をさまざま見てきたが、六花の森と中札内美術村のようなところはほかに経験したことがない。いずれもただ単に自然豊かでアート作品があるというだけではない、ここならではの名状しがたい「何か」があり、独特の「心地よさ」に満ちているのである。
昨今は刺激の強さでアピールするアートが多いが、そのような風潮のなかにあって、六花の森と中札内美術村は訪れた者の心を穏やかにし、繊細な感性を取り戻させてくれる貴重な場だと思う。また、お仕着せで強いられるアートではなく、「自分なりに楽しむ」という主体的なアート鑑賞をごく自然に思い出させてもくれる。
冬期休業期間が長いこともあってか、本州では必ずしも知名度が高いとはいえないかもしれないが、全国の人に広く知ってもらい、そして事情が許せば、ぜひ一度、実際に訪れてもらいたいところだ。なお中札内美術村は、今年は週末中心の営業となるようなので、事前に営業日をチェックしてからお出かけになることをおすすめする