VUCAと呼ばれる予測不可能な時代にあって、まず人事が変化に対応しなければ、企業が競争優位性を維持し続け、継続的な事業成長を期待することはできない。しかし一方で、人材不足はますます深刻になっている。「全員戦力化」を目指して、ジョブ型雇用の長所を取り入れながら、全ての人が自律・分散・協働しながら活躍する組織をつくるために、何から始めるべきか。人材マネジメント論・組織行動論を専門とする学習院大学経済学部経営学科教授の守島基博氏が解説する。
※本コンテンツは、2022年2月28日に開催されたJBpress/JDIR主催「第1回戦略人事フォーラム」の基調講演1「人材不足に打ち勝つ全員戦力化」の内容を採録したものです。
動画アーカイブ配信はこちら
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71201
人事を取り巻く3つの変化が人材マネジメントの概念を変える
戦略人事とは、人材マネジメントを経営戦略に連動させる考え方を指すが、今、その経営戦略そのものが大きく変化している。人材マネジメント論・組織行動論を専門とする学習院大学経済学部経営学科教授の守島基博氏は「人事を取り巻く3つの変化」の1つ目に人材の不足を挙げる。
「経営のグローバル化、事業ドメインの再定義や事業構造の変革、DX、M&A中心の成長戦略、「モノ売りからコト売りへ」というサービス型ビジネスの進展など、いわばゲームのルールが大きく変わりつつある中で、求められる人材も変化し、スキルギャップが起こっています。2018年発表のマンパワーグループの調査によると、企業に『人材不足を感じているか』という問いかけをして、『不足している』と答えた企業は、世界平均45%のところ、日本企業は89%にも及んでいます」として、シフトする経営戦略に人材マネジメントが追いついていない現実を指摘する。
2つ目は、人の変化だ。ワークライフバランスを重視し、パラレルキャリアにも関心を持つミレニアル世代(1980~1995年生まれ)、Z世代(1996~2015年生まれ)が、間もなく労働人口の半数以上を占めるようになる。さらにダイバーシティーの高まりがあり、女性や高齢者の活躍が課題となっている。さらに、最も注意すべきは「深層のダイバーシティー」と呼ばれる表面に出てこない価値観の多様化だと、守島氏は警笛を鳴らす。
例えば、日本能率協会が2018年に新入社員を対象に「仕事とプライベートどちらを優先したいか」を調査した結果、75.8%が「プライベートを優先したい」と回答している(2012年の調査では61.9%)。さらに、内閣府が20~60代の正社員を対象に行ったワークライフバランスについての調査によると、いずれの世代でも「家庭生活や個人の生活を優先したい」働き手が増えている。「働く人の意識が変われば、その人たちを戦力化するツボも変わります。新たな価値観を持つ人たちの心をつかまなければ、働く人のエンゲージメントは高まりません」と、守島氏は人材マネジメント上の勘所を示す。
3番目は、新型コロナによる働き方や組織運営の在り方の変化だ。テレワーク、押印廃止、オンライン研修、転勤廃止、地方移住などの加速は、感染拡大が収束した後も続き、長期的に大きな変化へとつながっていく。アーンスト・アンド・ヤング(EY)が2021年に実施した日本を含む世界9カ国の経営者を対象にした調査によると、79%が自社でハイブリッド型勤務の体制を強化していくと答えている。
「自律・分散・協働型の組織」が求められる今、伝統的なジョブ型雇用では追いつかない
こうした変化の先に求められるのは「自律・分散・協働型の組織」だと、守島氏は考える。社員が自律的に行動し、テレワークなどでバラバラに働いていても、チームワークがうまく機能する組織だ。その結果、マネジメントの概念も変わり、管理者が監視やコントロールを行うのではなく、メンバーのコミュニケーションの調整・促進を担うようになる。さらに、今の人材マネジメントでは、組織へのエンゲージメントが重視されているが、「職務に対してのエンゲージメント」をどう高めるかが重要になってくる。
「経営戦略の変化、働く人の変化、そして新型コロナによる組織や働き方の変化を受けて、人材マネジメントは大きく変わっていかなければなりません。環境などの変化に対応して人事を変えることこそが戦略人事であり、その実行が求められているのです」
こうした中、さかんに議論されているのがジョブ型雇用への移行だ。その内容としては、主にジョブディスクリプション(職務記述書)の作成、職務限定の採用・異動、職務ベースの賃金決定、さらに成果主義や新卒一括採用の見直しも盛り込まれることが多い。しかし守島氏は「諸外国で行われている伝統的なジョブ型雇用が本当に日本企業に合っているのかは疑問です」と指摘する。
「ジョブ型への転換は、人と組織の関係を大きく変えます。今まで就社というかたちで企業に雇用されていた人を、1つのジョブに雇用される就職の世界に変わっていきます。人事制度だけではなく、マネジメントの在り方、働く人の意識、さらには企業運営の在り方自体も変わるはずです。企業では、そこまで大きく考えてジョブ型への移行を検討しているでしょうか」
また海外に目を向けると、伝統的なジョブ型の人材マネジメントは衰退してきている。下図は海外で顕在化している課題点だが、伝統的なジョブ型は、仕事の内容が変わり、ジョブディスクリプションを変えなくてはならない場合に対応が難しく、人材活用の柔軟性を欠くことが分かってきている。そのため、これまでのジョブ型の人材マネジメントが崩れてきているというのが実態だという。