電子部品の開発で培われた「電気」の技術と、衣料品などの開発で培われた「繊維」の技術。一見つながりのなさそうな2つが融合し、環境保全性に優れ、かつ従来にない性能を持つ繊維を生み出した。手掛けたのは、村田製作所と帝人フロンティア。ともに歴史のある企業だ。合弁企業(JV)のピエクレックスで社長を務める玉倉大次氏は、「電気」と「繊維」の組み合わせによる事業構想を打ち出す。抗菌作用をもつ生分解性繊維の循環システム化や、普及が見込まれるウエアラブルセンサーへの応用などだ。
双方が着目する共通の材料に、得意な技術を出し合う
村田製作所と帝人フロンティアがピエクレックス社を設立したのは2020年4月。かねて両社とも植物由来の生分解性プラスチック「ポリ乳酸」の実用化を視野に入れていた。「電気」と「繊維」という双方の得意技術を融合させるという思惑が一致し、合弁に至ったのだ。
村田製作所では、結晶に圧力を加えると電気が生じる圧電効果という現象に着目し、応用の可能性を模索していた。材料候補の一つとしたのが、圧電効果があると知られていたポリ乳酸だ。実際、圧電性をもたせたフィルムの製品化を果たし、さらに糸状繊維での製品化も目指していた。ただし、繊維の技術を得意としているわけではない。
一方、帝人フロンティアでは、繊維のリサイクル化を推進する中で、10年ほど前からポリ乳酸に着目。やはり圧電効果に機能性を見いだし、日本の伝統工芸である「組紐」技術の応用を目指す研究を進めていた。とはいえ、電気の技術を得意としているわけではない。
そんな両社が「電気」と「繊維」で融合する。両社の社員が、関西大学で電気材料などを専門分野とする田實佳郎教授の研究室に出向し、膝を突き合わせていた縁もあった。ピエクレックス社設立2カ月後の2020年6月、ポリ乳酸を原料とする繊維「ピエクレックス」を開発したと発表したのである。
環境にやさしく抗菌作用もあり、大手アパレルで採用開始
社長の玉倉大次氏は、同社の企業コンセプトを「“でんき(電気)のせんい(繊維)”で世界を変える」と表現する。
「村田製作所は『文化の発展に貢献すること』を企業フィロソフィーとしています。帝人は繊維を起点に多様な分野にチャレンジする企業です。風土の異なる点は当然ありますが、ピエクレックス社が世界を変える先陣として期待されているところは大きいと自負しています」
玉倉氏が掲げる「世界を変える」を実現するための製品・ブランドが「ピエクレックス」だ。製品の特徴として、玉倉氏は「環境にやさしい」ことをなにより強調する。
「ポリ乳酸は、トウモロコシの非可食部などの天然素材でできています。自然界のCO2を吸収していた素材のため、トータルとしてのCO2排出量は石油由来の繊維より削減できます。その削減量はTシャツ1着で500グラム。オーバーオールでは3キログラム。3キログラムというと、ガソリン車10キロメートルの走行距離です。国内で年に数億着、世界で数百億着の衣服が廃棄されている現状を考えれば、大きな削減効果と言えます」
加えて、ポリ乳酸は前述の通り、生分解性だ。繊維を使い果たした後、適切に処理すれば微生物が分解してくれる。
「CO2排出量の少ない素材であっても、焼却処分すれば燃やすためのエネルギーが必要となります。ポリ乳酸においては、生分解性の循環サイクルに入れられればそのエネルギーも不要となります」
こうした特徴に加えてさらに、同社は「抗菌効果」を「ピエクレックス」に付与した。繊維を伸縮させるたびに圧電効果が生じ、生じた電気の力により細菌を抑制することができる。「ピエクレックス」が使われた衣服を着て体を動かせば抗菌効果を得られるわけだ。この特徴がとりわけ「電気」と「繊維」の融合の成果と言える。
「村田製作所も圧電の技術を培ってきましたが、帝人フロンティアがもっていた繊維の技術が大きい。効果的な材料の添加と工程の工夫で、抗菌性を出すことができました。他社製を含め抗菌作用を評価していますが、現状、圧電による抗菌作用はピエクレックスにしか見られません」
電気を生じさせる繊維となると、「使用時にバチッと感じることはないか」と不安になる人もいるかもしれないが、「その心配はありません」と玉倉氏は言い切る。「生じる電圧は静電気の数10分の1程度です。静電気をアシストすることもありません」
これらの特徴をもった「ピエクレックス」はスポーツアパレル大手デサントジャパンに採用され、2022年3月発売のマスクとソックスに使われている。アパレル企業に採用された一例目となった。