『アジャイル開発とスクラム 第2版』の発行記念オンラインイベントで対談する一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏(下)と永和システムマネジメント社長の平鍋健児氏(右)

 それは、ペアを組むことが、共感を育みやすいからなのです。ペアになって相互に共感する関係性のなかで、率直な対話と協働を通じて共に試行錯誤し、新しいコンセプトを生み出す。そして、直面するいくつもの壁を一体となって創造的に越えていく。そのためにアジャイルスクラムでは、ソフトウェアをペアで開発する、というわけです。

 ほかにも、アジャイルスクラムは共感の場を設けています。具体的には、毎朝行われる15分の朝会の場です。開発に携わるメンバーが一堂に会し、昨日までの取り組みを振り返ります。ここで各メンバーに与えられる時間は短いために、本当に大事なことを語る必要があります。結果として、本質に絞り込んだ内容を共有できるので、皆がこれから起こりうる問題の予測まで含めて先の見通しがはっきりしてくる。だからこそ、朝会が終わったらすぐに、一人ひとりが自分のやるべきことに機動的にとりかかれます。そういった点でもアジャイルスクラムは、主体性を引き出し、納得感を醸成できる。それを手法として整えたサザーランド氏はすごいなと思っています。

平鍋 日本のデジタルトランスフォーメーションの動向をどう見ていますか。

野中 便利になりましたが、ペアになって真剣勝負をする機会が減っているように思えます。共感からイノベーションを起こすには、心身一体のペアを構成する必要があることはお話ししました。そのためには、ひとつ重要な要件があります。共感を媒介にしたうえで、きちんと向き合って徹底的に考えをぶつけ合えるか、です。

 物事の本質は知的バトルを繰り返し議論が深まった末に、ようやく見えてくるものです。少しでも忖度するようなところがあれば、イノベーションは起きません。

平鍋 アジャイルスクラムが持つ可能性を知り、実践している人たちにメッセージをいただけますか。

野中 日本的経営は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」になりましたが、急速に劣化して通用しなくなってきたのが現実です。ただし、輝きを取り戻す道がひとつ残っています。それが、日本発のアジャイルスクラムです。アジャイルスクラムを世界に展開しながら、もう一度、日本の存在感を世界に発信してもらいたいと思います。

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『アジャイル開発とスクラム 第2版』(平鍋健児、野中郁次郎、及部敬雄著、翔泳社、2021年4月発行)は、アジャイル開発およびスクラムの全体像を見渡すことができる、貴重な書籍だ。2013年発行の初版を大幅に改訂したもので、主な改訂点は以下の通り。

・日本のアジャイル、スクラムの事例を最新のもの(4事例)に刷新
・野中郁次郎氏が2020年12月に出版した『ワイズカンパニー』の内容とリンク
・大規模開発にもアジャイルを適用する手法の章を追加