2011年には「イノベーション・スプリント」というカンファレンスで、アジャイルの開祖の1人、ジェフ・サザーランドと初めて話す機会を持った。彼は、ベトナム戦争でかつて戦闘機パイロットとして従軍し、極限状態での臨機応変なマネジメントの重要性を知っている。そこでなるほど、と納得した。私が研究してきた知的機動力による組織的イノベーション論との融合がソフトウェア開発の場で起こっているのだ。

さらに、2020年には、「スクラム・インタラクション」にてジェフと再会。今度はそのスクラムが、ソフトウェア開発プロセス手法に閉じず、イノベーションのための「組織改革手法」として拡張されている、という話を聞いた。
今度は、私の専門である組織論にまで彼の考えも及んできたのだ。私はもともとスクラムの概念を組織論として論じており、アジャイルスクラムが小さなチームの話だけで終わるはずがない、と考えていた。そして、実際に、その変化が起きている。
現在デジタルトランスフォーメーション(DX)という薄っぺらい言葉で語られる変化には、もっと人間の内面にせまる本質があるはずだ。反省に始まり、本質直観や先読みまで組み込まれた機動的な朝会、共感を媒介にして、異質なクリエイティブ・ペアが知的コンバットを行うペアプログラミングなど、われわれが組織的知識創造理論で示したエッセンスがアジャイルスクラムには組み込まれている。ここに来て、もともと私たちが思索・理論化した組織論、知識創造理論とのつながりが、さらに強くなった。
バトンリレーをしていてはダメ
竹内弘高氏・野中郁次郎氏の共著論文「The New New Product Development Game」(1986年)の主旨は、チームとしての一体感を重視しながらも、同時に一人ひとりが自律的に動ける環境を整えることで創造性と機動性が高まり、ブレークスルーが起こりやすくなると同時に製品化までの時間が短くなるというものだ。
この論文では、1980年代に日本で行われている「新製品開発のプロセス」をNASAなどの米国型のそれと比較して論じた。米国NASAのPPP(Phased Program Planning)を例にとって、「各工程の専門家集団が、文書で次の工程の集団にバトンを渡すようにリレーをしている」と書き、Type Aと名付けた。
これに対して、Type Bの例として富士ゼロックスが、そしてType Cの例としてキヤノンとホンダがあげられ、TypeBはチーム間で担当領域が部分的にオーバーラップするため「刺身型」、TypeCは「ラグビーのようにチームで一丸となってボールを運んでいる」とし、「スクラム型」と名付けられた。
新製品開発という速さと柔軟さが求められる場面では、成果物を紙に書き、それを別のチームに渡すようなリレーでは限界がある。様々な専門性を持ったチームが1つの大きなチームとなって相互に強く結びつき、ラグビーのように開発の最初から最後まで一緒に働くことが求められる。