イノベーションを生み出せずに悩む日本企業が多い日本が、コロナはそれを変革する機会にもなる。早稲田大学 大学院経営管理研究科の入山章栄教授に、「アフターコロナの企業の在り方」についてお話しいただいた。
コロナ前と経営問題の本質は変わっていない
――新型コロナウイルスの感染拡大によって、日本の企業経営を取り巻く環境はどう変わったと見ていますか。
入山章栄氏(以下、入山氏) 私は2019年末に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)という本を出しました。世界で中心になっている経営理論を網羅してビジネスパーソンに紹介する本です。その観点から言うと、日本企業にコロナ前から内在していた問題の本質は、ほとんど変わっていないとお話ししています。コロナの前から、企業を取り巻く社会環境は不確実性が高くなっていました。新しい技術を武器にした企業が既存の市場を破壊し、変化が激しい時代に突入していたのです。その中で企業は、自ら変化を起こしていかなければ生き残れないと話してきました。
では、コロナで何が起きたのか。一言で言うと、その不確実性がさらに高まったのです。変化が激しくなったと言ってもいいでしょう。
コロナ前は、世の中の不確実性が高まっても、それほど危機感のない業界も存在しました。そういう業界の企業で私が講演する際に、最初に何が必要だったかというと、「このままだと御社はつぶれますよ」などと意図的に過激な言葉を使って、危機感をあおることでした。ですがコロナ後は、その必要はなくなりました。どの業界の企業経営者も、危機感や問題意識は非常に高まったと思います。
失われた30年の根源は「経路依存性」
――日本企業は変化が必要だったのに、なぜ変われずに今日まで来てしまったのでしょうか。
入山氏 一つは、危機感が足りなかったと言えるでしょう。ですが私は、それよりも重要で決定的な理由があると思っています。
それは「経路依存性」です。これは経済学や経営学でよく使う考え方ですが、すごく直感的に言うと、組織内の仕組みががっちりと合理的にかみ合っている中では、その仕組みの中の一部だけを変えようとしても無理だということです。
経路依存性について、私がよく引き合いに出すのは「ダイバーシティ」です。ダイバーシティはイノベーションを生み出すために欠かせないもので、重要といわれていながら、多くの企業で導入が低迷していました。なぜそうだったかというと、密接に絡んでいる他の要素を変えずに、ダイバーシティだけをやろうとしていたからです。
ダイバーシティを実現しようとしたら、いの一番に「新卒一括採用」と「終身雇用」をやめなければいけません。なぜなら多様な人を取り込むには、中途採用を中心に考えなければいけないからです。また雇用契約もメンバーシップ型からジョブ型に変えなければいけない。さらに評価制度も、同質の人材を対象とした現在の制度から変える必要があります。そして、多様な人がいるのであれば働き方も多様でなければいけません。皆が出勤することをよしとするような古い考えでなく、場所や時間にとらわれず働ける環境を整える必要があります。そうなると、その裏付けとなるデジタルトランスフォーメーション(DX)も必要だったということになります。
これらを全部変えなければ、ダイバーシティを取り入れることはできません。しかし日本の企業は一部分だけ変えようとして、失敗してきたのです。「失われた平成の30年」の最大の原因はこれだと、私は思っています。