「顧客」×「個客」発想で進化するビームス流マーケティング

アフターデジタル時代に進化するマーケティング最前線 Vol.3

JBpress/2020.4.22

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スタッフを軸にしたお客様とのコミュニケーションでコミュニティをつくる

甲斐:今後の展望を伺います。5年後、10年後を考えたときに、店頭というフィジカルな空間が持つ役割と、デジタルというサイバー空間が持つ役割はどういうふうに発展していくとお考えですか。

矢嶋:店頭は物理的な接点の強みというところにどんどん特化していくのではないかと思っています。またその一方で、サイバー空間については、時間・距離・場所の概念をさらに飛び越えてくるような、それぞれのメリットがより先鋭化していく方向に進んでいくのではないかと考えています。

甲斐:フィジカルな空間で強化していこうというアイデアは具体的にありますか。

矢嶋:弊社のオウンドメディアやSNSで非常に人気を博しているスタッフがどんどん出てきています。

 たとえばインスタグラムで約10万人のフォロワーを持つスーツ部門のディレクターらが各地の店頭でトークショーを開催すれば、一気にファンが集まってきてくださって、その場でしかできない会話だったり、その憧れの対象からしっかり接客してもらった経験などが、お客様の記憶に残るような顧客体験に発展していくことが実際に起きています。先ほど説明した例の更なる発展形ですね。

 また彼らはオフィシャルのYouTube上でも、対談形式でトレンド解説の動画を定期的にアップしていますが、店頭のトークショーではそのやりとりが目の前で行われていて、そこに行くと動画ではわからない情報も知ることができるわけです。

 こうしたスタッフを軸にしたお客様とのコミュニケーションを通じて、さまざまなエリア、地域にビームスがコミュニティをつくることは今後も積極的にやっていきたいですね。

甲斐:デジタル技術の進展や消費者の変化などにより、マーケティングは“個客”に寄り添ったパーソナライズと、それを活かしながらより深い顧客体験の提供に向かっていくと考えていますが、アパレル業界も同様のように思います。

 そうした中で、メディア化したスタッフが、自らのセンスやライフスタイルを情報発信していくことで、オンオフ関わらず共感したファンが集まり、コミュニティが形成されるというのは、OMO時代の新しいマーケティング手法だと思います。

矢嶋:洋服やライフスタイルの情報って、かつてのように雑誌をくまなく読んでしっかり勉強するような時代ではなくなっています。かといって、ネット上にあまたあふれている「まとめサイト」などを見ても、どれが本当のことを言っているのか、何を信じていいのか、人それぞれで判断基準は違うと思います。

 ただ、弊社のコミュニティの中であれば、お客様のお好みに合ったスタッフが、あるいはお店に行けば会えるスタッフが確実に自分の名前で投稿し、情報発信しているので、そこを好きになっていただくことがスタッフの信頼につながり、ひいてはお店の信頼、企業やブランドに対する信頼へと広がっていくと信じています。

 デジタル技術はマーケティングにおけるツールに過ぎません。私たちが提供している本質的価値はこれまでも、これからも変わりありません。それはビームスを通じてお客様に豊かな人生を送っていただきたいということです。

甲斐:本日はありがとうございました。

<インタビューを終えて>
個客志向。まさに矢嶋さんと話していて強く印象に残った言葉だ。ライフスタイルは世界規模で見ても日本国内で見ても多様化の一途をたどっている。

 こと日本においても80年代の“月9”や90年代の小室サウンドなどいずれもマスメディアが創り出した流行を世の中の多くの人が取り込む価値観はソーシャル時代の到来により崩れ、より個人の価値に根差した流行りのない社会、文化に突入して久しい。

 ライフスタイルの大きな一部を担うファッションはこの典型例だろう。みな同じ格好をしていた過去を不思議に思うほどだ。さて、これをどのようにマーケティングとしてとらえるか。ビジネスとしてはお客様をひとつの大きなくくり(マス)としてくくったほうが、すべてのビジネスオペレーションを統一化でき、効率がよいのは言うまでもない。

 しかしながら、お客様をひとくくりにしていてはお客様が離れていく時代なのだからマーケティングとしては厄介だ。今や大きなチャネルとして成長したスマートフォンもあるし、物理的な店舗も価値をもって存在する。解決策はやはりテクノロジーの活用しかない。

 だからこそマーケティング、いやビジネス全体のDXが必要なのである。スマートフォンで検索してくるAさんは店頭にくるAさんと違う人ではない。Aさんのデジタル上の行動はすでにAIが予測してくれているがどこの店舗にいつ来るかはなかなかわからない。

 これを解決しながらさらに個客の嗜好を理解して対応する、これが顧客志向である。実現に向けてビジネスオペレーション全体を見直すことに着手し、マーケティングの表面だけに留まらないサービスを実現させようとしているビームスさんの今後の動きに注目したい。

 日本HPのできることは、パーソナル化を目指すマーケティングのテクノロジー基盤の提供と時間軸を伴った物理的な体験構築支援であるが、今度はそんな局面でお会いできることを心待ちにしている。