甲斐:オウンドメディアも効果的に使われていてここもまた先進的ですね。ここで顧客情報をとっていれば直接のコミュニケーションが可能ですし、LINEなどのメッセージングとは違いコンテンツを通してエンゲージメントをより深めていけると思います。
コンテンツも日本文化に根付いていて狙いがよくわかります。体験創造を重視した活動は、今後どういったポイントで発展していきますか。
石橋:ゴールが見えているわけではないので、目の前の課題を考えていく中で、いろいろな取り組みを行っています。やってみてうまくいったらさらに拡大しますし、駄目ならやめる。そういう意味ではやはりマーケティング施策のPDCAを高速で回していくことが重要だと思います。
「思いついたら、まずはやってみよ」というのを弊社のカルチャーにしようと、2011年から「イノベーションアワード」と呼ばれる社内コンテストを毎年実施しています。これは全社員を対象として、自分の顧客は誰か、そして顧客が抱える問題は何かを考え、問題を解決するためのアイデアと実行した結果を募集するものです。
一例として、2018年には鉄道会社と組んで、駅構内にある売店のスペースに「ネスカフェ スタンド」を設置し、「ネスカフェ」の販売を行いました。弊社にとっては、リーチが弱い学生さんにブランドを露出し、実際にコーヒーを飲むという体験を提供できたこと、鉄道会社にとっては閉店した売店のスペースが無人ではなく、人がいるということで、双方にとってウィン・ウィンの関係がつくれたと思います。
甲斐:最後にデジタル化やOMO(Online Merges Offline)などの進展に伴い、ブランドオーナーとサプライヤーの関係について、CMOの立場から今後どう変化していくとお考えですか。
石橋:従来のクライアント、広告代理店、制作会社という三者の関係性が変わってきているように思います。われわれも直接、制作会社と話をして物事を進めていくことをかなり前からやっています。
2013年に弊社は日本での創業100周年を迎えましたが、そのときに何か大きなイベントをやりたいと考え、たまたま知り合った映画監督さんたちとショートムービーを作ろうということになり、YouTube上に「ネスレ シアター」を立ち上げました。このときは広告代理店が入らずに、直接、監督さんたちに自分たちの思いを伝えて、ネスレとはこんな会社だということをブリーフィングしました。
デジタル化の進展、ソーシャルメディアの台頭により、弊社では広告からPRの流れが加速しています。今後、広告代理店に期待することは、従来の業だけではなく、コンサルタントとしての役割です。われわれがやりたいと思っていることにご賛同いただいて、ワンチームでアイデアを出し合いながら、共創を深化させていければと思います。
<インタビューを終えて>
PL(Profit and Loss)責任を共有しながら生み出す共創型マーケティング。石橋さんのインタビューを終えて私の心に残ったのはこの言葉だ。まず冒頭にて触れたPL責任の共有だが、ネスレはマーケティング組織を独立させず各事業部の中に存在する。
グローバルの先進型FMCG(日用消費財)ブランドではよく存在するマーケティングの組織運用形態である。これはマーケティング活動が常にいま存在するビジネスに直接的関係性を持つようにするためであるが、しかしながらここから新しいタイプのマーケティング活動が創出されていくためには、CMOの存在とガバナンス、そして経営側のマーケティングリテラシーが高くなければ実践できず単なる販促部隊に陥ってしまう可能性も否定できない。
また、日本企業の多くは営業をサポートする販促型マーケティングや売り上げへのコンバージョンとその効率を重視するが故に、新しいチャレンジはしづらい傾向が強いからなおさらである。つまり経営側が、マーケティングの本質が顧客理解であることと、そこから生まれる活動は変化する顧客をつかまえるための共創型へとシフトしていることに気づいていないことが多いためだ。
B2CとB2Bの垣根を壊しながらこれをいち早く実現した「ネスカフェ アンバサダー」、日本の文化に根付く形で発展を遂げている「キットカット」の共創型スタイルがずいぶんと前に生み出され、それをキャンペーン型として存在させるのではなく、商品、サービスと一体となって長く続いていることには驚くばかりだ。
そしてもうひとつの大きなテーマがサステナビリティへのチャレンジである。これも単なるCSRの位置づけではない。製品の包装材を2025年まで100%リサイクル、リユース可能なものにするという宣言はまさに顧客とともに創り出す我々が生きる地球に対する共通価値の創造への宣言である。ネスレ製品を愛用するお客様が地球環境維持へと貢献するというサイクルはまさにお客様とともに創り出す未来であり、マーケティングのみならずネスレの根底にある精神そのものである。
HPとしても、このような取り組みを我々のコンピューティングとプリンティングといったテクノロジーをもって支えていくようにしたい。
<株式会社 日本HP 甲斐 博一>