写真:松尾/アフロスポーツ

 これから資産運用を始めたい、または、すでに始めている方に質問です。資産運用をいつやめるか、決めていますか?

 いま決めないとだめなのか?という声が聞こえてきそうですが、だめではありません。しかし、いつやめるかをあらかじめ決めておいた方がいいと思います。しかもできるだけ明確に、です。

「売り」は「買い」よりはるかに難しい

 資産運用を単純に言えば、投資信託(投信)やETF(上場投資信託)などのリスク商品(リスク資産)を買うことです。積み立て投資なら、買い続けていくことになります。一方の資産運用をやめるとは、買うことをやめるだけでなく、すでに持っているリスク資産を売って自分の投資損益を確定し、現金化することにほかなりません。

 自分の投資損益を確定すること。これが実に難しいのです。多くの人にとって、かなりの勇気が必要で、逡巡(しゅんじゅん)を伴うものだからです。一般に資産運用において売却(売り)は、購入(買い)よりはるかに難しいといわれる理由はそこにあります。

 老後資金の準備を目的とした資産運用において、資産運用をやめる合理的な理由は大きく3つあると思われます。1つめは、投資資産が目標金額に達した。2つめは、資産運用のゴールとして想定していた年齢に達した。3つめは、想定外のお金が急に必要となった、です。

資産運用をやめる3つの理由

 まず、1つめの資産が目標金額に達したとき。これには説明の必要がありませんね。資産運用の基本は複利効果を活用した長期の積み立て投資で、資産が少しずつ増えることを期待すること。想定した年齢になる前に資産金額が目標に達する可能性は十分にあります。

 2つめの自分が想定していた年齢に達したとき。言い換えると、お金を増やす時期が終わり、積み上げてきた資産を使うことが中心になる時期を迎えたことになります。もし、資産が目標金額に達していなかったとしても、相応の資産を売却して生活資金として使っていくことになります。

 3つめの想定外のお金が急に必要になったとき。具体的には事故や健康上の理由などでしょうか。自分だけでなく、子どもや孫が対象の場合もあるでしょう。必要な金額によっては、資産の全額を売却して現金化しなければならないケースもあり得るでしょう。

売却も時間分散でリスクコントロール

 あまり語られてはいないものの、資産の売却について金融機関が勧めるセオリーのようなものがあります。積み立て投資と同じように、時間を分散して売却を進める方法です。換金時期を複数回に分散してずらすことで、市場タイミングによる価格変動リスクを抑えることが期待できるからです。

 例えば以下のような方法があります。(1)定期的に同じ口数を売却(口数売却)。これは比較的単純でわかりやすい売却方法です。(2)定期的に一定額を売却(定額売却)する。積み立て投資の逆ですね。(3)定期的に、残高に一定割合を掛けた額を売却(定率売却)する。いずれの方法も、口数、金額、割合を基準に時間をずらして少しずつ売却していきます。

 これらの方法は確かに合理的で一理あります。ゴールとなる年齢に近づき、それにともなって目標金額にもメドが立った場合は、この考え方は理解できます。しかし、ゴール年齢になったものの金額が足りなかったらどうでしょう。例えば、あと3年で資産運用をやめる予定の年齢になるけど、目標金額に2割足りない場合。今後3年で何とか残り2割を達成したいと考える人がいることも事実ではないでしょうか。

ロスカットルールを自分で事前に決める

 3年で20%の収益を単純平均で年率7%のリターンとすると、リスク度合いでいえば、個別株式や株式投信などに相当します。しかも、資産の一部ではなく全体としてのリスク度合いですから、60歳前後の人が取るリスクとしては大き過ぎます。合理的とはいえません。

 購入よりも売却が難しいといわれる本質は、まさにこの部分です。残された時間は少ないのに何とか利益を増やしたい、最近好調なのでもっと長く持っていればもっと増えるかも――。資産運用は合理性をもって臨むと成功の確率が上がりますが、人間の頭や行動は合理的にはできていないのです。

 資産の売却において心の迷いや欲のような属人性をできる限り排除するためには、事前に仕組みやルールを設定しておくことが有効といわれています。代表的なのは「ロスカットルール」。「ここまで下がったら有無を言わさず売却する」という下落率もしくは損失額を事前に決めておき、淡々と実行するものです。

 たとえば「投資元本から3割下がったら売却」など。下がった理由を問わず自動的に売ってしまうことで、ずるずると資産が目減りすることを避けることができます。一方、ロスカットになるまでは投資を続けます。したがって「淡々と投資を続けられる下落率(もしくは損失額)」がロスカットルールを決める基準になります。

 投信には自動的にロスカットできる仕組みがありません。どのくらい下がったら売るかは投資家それぞれが決めて、自分で売却取引を行うことになります。正確にいえば、ここにも判断が鈍る属人性は残されていると考えることができます。

不要なリスク市場からはさっさと卒業

 資産運用をやめる3つの理由ごとに、それぞれの上手なやめ方(売り方)を整理してみます。

 資産が目標の金額に達したら、さっさと売却してリスク市場から卒業しましょう。資産運用は必要だから行うのであって、不要なのにずるずると居座ることができるほど心地よい場所ではありません。卒業すると決めてしまえば、時間分散も関係ありません。そもそも金融機関が勧める売却時の時間分散という考え方は、お客さまである投資家を少しでもリスク市場に留めておくための理屈という側面もあるようです。

 想定外のお金が急に必要になったときも同様です。必要な金額分を素早く売却して「いまここにある危機」を乗り越えましょう。資産運用は将来の不安を解消する対策のひとつですが、いまここにある危機を脱しなければ将来そのものを見ることはできません。

 売却して現金化したら銀行に預けるのが一般的。その際はペイオフ対策として1000万円以下に分けて、預ける銀行を分散させておきましょう。

再考する期間を決めて必ず守る

 問題は、ゴールの時期が来たのに資産金額が目標に届いていない場合です。それぞれのリスク志向や不足金額によっても違ってきますが、迷った場合は以下の2点を基本に再考してみてはどうでしょうか。

 1点めは、リスク市場への再入場はできないと考えること。ここですべての資産を現金化して資産運用をやめてしまっても、タイミングを見て投資をリスタートさせることは可能です。しかし、複利効果はいったん振り出しに戻るし、そこからの長期投資は事実上難しくなります。リターンマッチはない。それを基本に売却するかどうかを検討しましょう。

 2点めは、再考する期間を決めて必ず守ることです。迷い悩んでいる間も資産はリスクにさらされ、価値は変動します。やや乱暴ですが、売却するにせよ投資を続けるにせよ、資産の使いみち・使い方を早く確認して、ライフプランを立て直すなどの具体的な対策を考えた方が得策です。

 私たちは、過去に囚われ未来に怯えて生きています。その呪縛から少しでも解放されたくて、長期にわたって面倒な資産運用を行うわけです。その結果(投資損益)は事実として受け止めるしかなさそうです。これまで同様、またはこれまで以上に人生を楽しむために、いますべきことは何なのか。投資成果はどうあれ、いつもそれを忘れずに暮らしていきたいものです。