OSの異なる大企業とスタートアップ。協業を成功させるには

「大企業×スタートアップ協業のリアル」というテーマでは、必然的に2017年夏よりKDDIグループの一員となったソラコム玉川氏に注目が集まった。

「KDDIに限らず、大企業の中に入るとスピード感や技術志向な経営スタイルといったソラコムの良さが駄目になってしまうんじゃないか、とずいぶん心配して頂いたかと思うんですけど、そこから一年半やってきた中で順調に新しいサービスも出して、お客さんもたくさんついてきてくれています」

 良い条件がそろった結果の成功だというが、成功要因の一つは「人」であり、大企業側とスタートアップ側の目的が合致するかどうかも重要だという。

「必ずしも失敗するとは言いませんが、上手くいかない典型例として、スタートアップの人は自分のビジネスを伸ばしたい。対して大企業の人はスタートアップを買収して自分のビジネスに役立てたい、という風に利益が相反するケースがありますよね。また、大企業側の担当者が数年で違う部署に異動してしまう、ということもすごくよくあるパターンです」

 ソラコムの場合、担当者は後にKDDIの代表取締役社長となる髙橋誠氏であり、同氏はKDDIの中にスタートアップを取り込むのではなく、KDDIのリソースでスタートアップを推す、という考え方を持っていたため、「グローバルのプラットフォーマーになる」というソラコムの目的と合致した。協業相手を選ぶ際は、慎重に相手企業や担当者の目的やモチベーションを見定める必要がありそうだ。

 対する池田氏は、日本IBMという大企業側の視点から、スタートアップとの協業について語った。大企業のイノベーション施策がなかなかうまくいかない理由はどこにあるのだろうか。

クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』からもずいぶん時間が経ち、そこから今に至るまで大企業の中ではずっと、イノベーションや新規事業創出の取り組みは行われていました。事例が蓄積されていく中で、方法論的なものも確立されてきたんじゃないかと思うんです。ただ、それを大企業の方々にやれというのは“50代のおじさんにストリートダンスを踊れ”と言っているのに近いと思っています」

 要は、「デザイン思考で顧客の本当にやりたいことを把握して、アジャイルに、リーン・スタートアップで試行錯誤を繰り返していく」のが良い、と理屈で分かっていてもできないということだ。それを解決するには、自力で頑張るだけでなく、できる人と組んで一緒にやっていく、つまりスタートアップとの協業が有力な方法だ。続けて池田氏は、投資に対してリターンを得たり、自社の事業に取り組んだりといったことを協業の焦点に置くのではなく、スタートアップの組織的な力や文化を学ぶよう務めることが、成果に結びつくのではないかと語った。

 また、これまで10種程のアクセラレータープログラムのメンターを務めてきた伊藤氏は、その経験から協業を成功させるには3つの要素があると分析する。一つは玉川氏と同じく「人」。熱意のあるリーダーが手掛けるプログラムには自然とメンターたちも協力的になり、良い空気ができあがっていくのだという。そして二つ目は「隔離」。大企業とスタートアップはどうしても交わらない部分が多いため、スタートアップが自由に動けるよう、ある程度距離を保った上でそれをサポートしていく。しかし、隔離しただけでは協業できないため、最後の要素となる「対話」が必要だ。特にこの「対話」ができている企業は協業を成功させているという。

 これを受けて、玉川氏は大企業とスタートアップとでは経営やチーム面の「OSが違う」と語り、無理やり交わらせることはできないという意見を述べた。普段から紙の書類や電話、メールも使わず、社長と社員が直接チャット上で意見を交わし合うソラコムのようなスタートアップと、何を決めるにも稟議を通さなくてはならない大企業とでは、確かにスピード感は全く異なるのだろう。そのため、相手のOSが違うことを理解し「対話」することが肝となる。

 大企業側の担当者は、スタートアップと対話しながら起業家目線で新規事業を進めつつ、その知見を大企業内でどう生かしていくのかという視点も忘れてはならない。協業を成功させるには、スタートアップと大企業とを結ぶためのコミュニケーションを戦略的に行っていく必要があるようだ。