「イノベーションのジレンマ」で有名なハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・M・クリステンセン教授(以下、クリステンセン教授)が新たに提唱する「ジョブ理論」が語られた『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ ジャパン、2017年8月)が反響を呼んでいる。これまでの著作はやや経営者向けの内容だったが、本作はマーケターを筆頭に「顧客から選ばれるサービスや製品を生み出したい」と願う多くのビジネスマンから注目されているのだ。

「データ至上主義」に陥りがちな従来のマーケティング手法に一石を投じる「ジョブ理論」のポイントを学んでいこう。

「イノベーションのジレンマ」とは

 ジョブ理論についての説明に入る前に、クリステンセン教授の代表作『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』(翔泳社、2001年7月)で語られている理論について押さえておく必要がある。

 タイトルでもある「イノベーションのジレンマ」という理論は、成功した企業ほど市場を一変させる「破壊的技術」やそれによるイノベーション(破壊的イノベーション)が起こった際に対応することができず、イノベーション競争に失敗してしまう現象を指す。

 ある分野で成果を上げている優秀な企業は、顧客の声に耳を傾け、求められる価値を提供する仕組みが社内に出来上がっている。これにより、既存顧客の声に応えて既存技術を進化させる「持続的イノベーション」へは対応できるのだが、破壊的な技術によってもたらされる「破壊的イノベーション」には対応できない。

 というのも、破壊的技術は登場当初、既存の製品やサービスに比べて価格は低いが質も低い。それらが創造するのは、既に成功している企業からしてみれば既存顧客からは求められていない上に利益率も低い市場となるため、参入への魅力を感じづらいのだ。

 しかし、既存技術の進歩はある段階で市場の需要を上回ることがある。そうした中で登場した破壊的技術は、性能が低くともローエンド層を中心とした新たな顧客を着実に獲得していくし、いずれは性能面でも既存技術を上回ってしまう。真摯に顧客の要望に応えていたはずの既存企業はいつのまにか既存顧客まで奪われ、市場の勢力図が塗り替えられてしまうのだ。

図1:持続的イノベーションと破壊的イノベーションの影響(『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』より)

 携帯電話市場やPC市場を「破壊」した(のちにスマートフォン市場を創造した)iPhoneの歴史を振り返ると、この「破壊的イノベーション」理論は理解しやすいだろう。しかし、この理論だけではイノベーションの生み出し方や市場の作り方、ヒット製品の予測方法を知ることはできない。それを可能にするのが今回の「ジョブ理論」なのだ。