「ジョブ理論」とは何か

「ジョブ理論」の最大の特徴は、人が製品やサービスを購入する(本理論ではプロダクトを“雇用する”と捉えている)のは「何らかの“ジョブ(用事、仕事)”を片づけたい」からだ、と捉える点にある。「何かを食べたい」等の漠然とした「ニーズ」とは異なり、「ジョブ」とは「ある特定の状況で顧客が成し遂げたい進歩」と定義されている。

「片づけるべきジョブ」を理解すれば、「バター対マーガリン」等の類似製品や業界に留まらない「真の競争相手」も見えてくる。次の例を見て欲しい。

 オフィスで働く喫煙者にとって、タバコは「ニコチンを摂取したい」という機能面と「リラックスしたい」という感情面のメリットだけでなく、「仕事に区切りを入れて喫煙所で仲間とくつろぐ」という社会面でのメリットも享受できる。こうした観点から見ると、仕事の合間にログインすることでリラックスし、ネットを介して友人達と雑談できるFacebookも、「タバコと同じジョブを巡り競い合っている」と言えるわけだ。

 ジョブ理論で重視されるのは「誰が」や「何を」ではなく「なぜ」を考えることだ。様々な知見を集め、それらが密接に絡み合ったストーリーを理解することで、数字やデータだけでは分からないイノベーションの種を見つけ出すことができる。

ジョブ理論がよく分かる「ミルクシェイク」の事例

 次に、有名な「ミルクシェイク」の事例を見てみよう。

 あるファーストフード・チェーンがミルクシェイクの売上げを伸ばすため、潜在的顧客のプロファイルに合致する層に対して値段や量、味等についてのアンケートを取り、その結果を基に様々な施策を行ったが、売上に変化はなかった。

 そこで今度は「来店客の生活に起きたどんなジョブ(用事、仕事)が、彼らを店に向かわせ、ミルクシェイクを“雇用”させたのか」という切り口で課題の解決を試みたのだ。

 その結果、ミルクシェイクは早朝「仕事先まで、長く退屈な運転をしなければならない」というジョブを抱える顧客、つまり通勤中の空腹を紛らわせたい顧客によく売れていることが分かった。なお、これらの客に人口統計学的な共通要素は見つからなかった。

 さらに、このジョブをより適切に片づけられるライバル製品はこれといって存在しないことも判明した。バナナだとすぐに食べ終えてしまうし、ドーナツではくずが落ちる上に手が汚れてしまうといった具合だ。ミルクシェイクなら飲み終えるのに20分ほどかかる上に、容器を車のカップホルダーにぴったり納めることができる。

 一方で、小さい子どもを持つ父親が「子どもにいい顔をして(ミルクシェイクを与えることで)やさしい父親の気分を味わう」というジョブも考えられる。この場合、ミルクシェイクの競争相手は玩具店に立ち寄ることや、子どもとキャッチボールをすること等となるだろう。

 通勤客のジョブに沿った施策として、より濃厚なミルクシェイクにしてフルーツやチョコレートを足すなど、できるだけ長い時間顧客を退屈させないための工夫ができる。一方、後者のジョブに対しては子どもでも飲みきりやすいハーフサイズを用意するなど、前者とは全く違ったアプローチが考えられる。

 2つのジョブは「ミルクシェイクを選ぶ」という結果こそ同じだが、そこに至る基準は全く異なり、それに対する施策も全く異なる。数字や顧客の属性にばかり固執していては、「最大公約数」的な製品やサービスしか生まれずイノベーションを起こすことはできない。