日本の大企業はイノベーションを興せるのか――。
日本企業のイノベーションを支援するJapan Innovation Network(JIN)専務理事・西口尚宏氏とWiL CEO伊佐山元氏による対談。前編では、日本の大企業がイノベーションを興こすための方策が提示された。
後編では、イノベーションにまつわる誤解とあるべき教育の姿を語っていただく。そしてそこから導き出された日本企業の可能性に対する結論とは――。
なぜ「テック」の前に「リベラルアーツ」なのか
――前回、イノベーションの発信地とも思えるシリコンバレーで「テック(技術)の前にリベラル・アーツ(一般教養)」という潮流があるというお話がありました。どんな背景があるのでしょうか。
伊佐山: 世界の成り立ちや多様性を理解した上で、きちんとした思想を持たなければ、技術やお金に振り回されるだけの人間になるという危機感からです。
というのも、シリコンバレーは、技術と資本主義の論理が強く支配してきました。そのため、数々のシリコンバレーの成功者たちのように、大学を中退して起業し、お金持ちになってほしいと期待する親も多くなりました。しかし、そうした論理が支配したアメリカで非常に大きな問題が発生しました。貧富の二極化です。
世界で一番地価が高い、つまりお金持ちが多いと言われるサンフランシスコが、同時に最も窃盗とホームレスの多いエリアでもある。そんな皮肉な現実が象徴的です。
資本主義の勝者たちは努力したから金持ちになった、ホームレスは努力が足りないから貧乏になったという明解な論理がそうした社会をつくってしまったのです。
こうした論理は、日本のようになんとなくみんなが一緒の状態がいいという状態に比べて緊張感があるという点で、もちろん良い要素もあります。
――「アメリカン・ドリーム」という言葉が表すように、実力があれば勝者としての成功をつかめるということですね。
伊佐山:そうです。しかし、それが行き過ぎて勝った人が負けた人をないがしろにしていいのか、持たざる人は「努力が足りない」ということだけで片付けていいのだろうか、努力以外の要素で、持たざる世界の住人になった人を救済する仕組みをつくるべきではないか、という意識が芽生えてきたのです。
そうした視点は、政府のような利益を追求しない力が介入しなければ実現できないことです。政府を排除し、優秀な人たちの民意で価値が形成されるシリコンバレーは未来の先進都市だと思っていたのに、その未来はパラダイスではないと、私を含め多くの住人が実感しはじめたのです。
実は、私自身、技術を知らないと「世の中の落ちこぼれになるのではないか」というくらいの強い危機感を持って10年以上働いてきました。しかし、その考えが間違っていたのではないか、と最近強く思うのです。
大学でも、同様の流れがあります。つまり、以前は産学連携で大学時代からビジネスを意識し、ベンチャーを起業しろという風潮もありました。しかし、今は、起業する前に、きちんと人間関係を構築しながらしっかり勉強するのが大学の価値だというふうに見直されてきました。スタンフォード大学といったベンチャー企業の聖地のような場所であっても、そういう空気になってきています。
今後日本を含め、世界的にも、自分たちの活動が社会全体にどのような影響を与えていくかという感覚を持つ、つまり「人としての深み」を育むことの方が重要になってくるでしょう。