中世の面影を色濃く残すタリン旧市街城壁の上から撮影。尖塔は聖オレフ教会(Oleviste kirik)。その向こうにバルト海につながるタリン湾を望む。

 日本のオープンイノベーション促進には何が必要なのか? 通商産業省/経済産業省で貿易振興、中小企業支援などに携わり、現在はベンチャーエンタープライズセンター理事長を務める市川隆治氏が、諸外国の実例とデータに基づき、オープンイノベーションの環境について議論を重ねていく。(JBpress)

「就社」がゴールの日本の労働市場

 第2回の寄稿でベンチャーエコシステムの要素を振り返り、盛り上がりに欠ける理由は労働市場と教育の問題にあると指摘した。

【第3回】「ベンチャーを阻む日本の規制をどう排除するか?」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54194

 いよいよこれからベンチャーエコシステム(生態系)の、地面の下で見えていない労働市場と教育について話を進めていくこととする。

 まずは労働市場から。

 日本の労働市場の特徴としては、新卒一括採用、社内研修、終身雇用、そして年功序列といったところであろう。少しずつ変化してきているといえども、これらの慣行は基本的には維持されてきている。

 それがなぜ、ベンチャー振興に悪影響があるかと言えば、第2回のベンチャーエコシステムで論じたように、起業家に向き、起業家として成功する可能性が高い優秀な人材が大企業の中に囲いこまれ、スピンアウトしようという気力が出てこないからである。

 新卒一括採用では、学生たちの目標はとにかく安定した名のある大企業への就職ということになる。それは「就職」ではなく、「就社」だとの指摘もあるくらいだ。「嫁ブロック」「親ブロック」があるという話は既にしたが、社会全体がいい大学を卒業し、いい大企業に就社することを盲目的に善としてきた。

 業務を通じて社内政治も学び、定年まで同じ会社で過ごす。「メンバーシップ制」とも言われるが、一旦大企業のメンバーとなってしまえば、最後までメンバーとして行動する。従って、個人の能力だけではなく、名刺の肩書きが重要となる。

 しかも、最近は海外赴任すらも忌避し、本社に留まろうとする傾向が強いと聞く。しかし、大企業に将来展望がないとしたら、こうした慣行は改めざるを得ないだろう。

 ある中国人は、営業で会う人ごとに給料を聞くそうである。少しでもいい給料であれば、さっさと転職してしまう。日本の転職は転職後の給料が下がることが多いのに対し、中国人の場合は転職後に給料が上がることが多いとの調査結果もある。仮にこの中国人のようになると、転職のイメージはずいぶん異なることとなる。労働市場の柔軟性を高め、転職は当たり前という社会になれば、優秀な大企業の社員がスピンアウトして起業に挑戦する機会が増えるのではないだろうか。

労働市場で生き残る人間の能力

 欧米の人材管理論として「トータル・タレント・マネジメント(Total Talent Management)」という考え方がある。仕事を分解し、それぞれの部分を正社員、派遣社員、パートタイマー、アルバイト、さらにはロボットやAIのうち、誰に任せるのが一番効率的かを判断して、人事管理をするというものである。

 すなわち、何でも正社員がこなすという考え方は今や当てはまらず、それぞれの労働形態やロボットやAIの特徴を踏まえ、仕事の配分を決めるということである。その根底には、正社員というメンバーシップがすべて善ではないという考え方がある。多様な労働形態、そしてロボットやAIの存在を認知するのである。

 将来、ロボットやAIに現在の人間の職業の半分くらいが取って代わられるとの議論がある。それほど急速にロボットやAIが進化するとも思えないが、備えは怠ってはいけない。ロボットやAIと人間との親和性という意味では、鉄腕アトムやドラえもんの影響もあり、日本人が一番優れていると思う。欧米の映画が常にロボットと人間が闘争するのと、対照的である。

 折しも現在日本は人手不足であり、ロボットの導入には適した時代背景がある。先ほどのトータル・タレント・マネジメントにおいて、仕事のどれほどの部分をロボットやAIに任せられるか、冷静に判断する必要がある。おそらく現状では、特に対人業務は人間の方が得意だろう。

 そもそも、ロボットやAIを使い倒す教育が必要とされている。囲碁や将棋でも、人間対ロボットという構図ではなく、ロボットやAIを使い倒す、人間対人間の勝負という構図となるのではなかろうか? そういう教育を始めるには、まず教師の教育から始める必要がある。

エストニアから30年遅れる日本の教育

 そこで少し教育についても論を進めておきたい。

 電子政府で世界の最先端を行くエストニアに、本年(2018年)5月に訪れた。主な目的は“Latitude 59”というベンチャーのイベントに出席することであったが、せっかくの機会なので、無理を言って、教育省を訪問した。

「100」をデザイン化した建国100周年記念のマーク。特に空港周辺にはたくさん見られた。

 エストニアでは、1991年の独立の回復*1後に大胆な教育改革を断行した。ちょうどインターネットが普及した時期であったので、世界に先駆けてインターネット環境を全学校に整備し、プログラミング教育も始めた。

 一定の学力の水準の定めは国がしているが、それを達成する方法については、各学校に自治権(autonomy)を与えている。その方が、学校が責任感を持って教育に当たるので創造性(creativity)が発揮され、いい効果が得られる。また、生徒には16歳で基礎教育が終了する際に、クリエイティブアサインメント(creative assignment)を課すが、これは生徒各自が自由にエッセイを書くもので、自主学習を促す効果がある。

 事細かに国が指示するより、各学校の自主性に任せる方がいい。それで、経済協力開発機構(OECD)のPISA学力調査テスト*2で、日本と並ぶ高得点が得られているのだ。そして16歳のクリエイティブアサインメント。それでこそ生徒のアクティブラーニング、自主的な学ぶ姿勢が育まれているのではないかと理解した。

OECD学習到達度調査(PISA)2015年調査、上位10カ国の結果。グレーの網掛けは非OECD加盟国・地域を、* は2015年調査において筆記型調査で実施した国を示す。
拡大画像表示

 思うに、教育改革は、敗戦とか独立回復とか、国家が根本的に転覆するような大事件でもないと、本当には進められないのかも知れない。それがエストニアの場合には1991年と、インターネット時代であった。

 日本では1945年なので、まだインターネットは影も形もない時期であった。それまでの軍国主義を排し、自由主義、民主主義の教育に転換することまではできたが、インターネットを前提とした教育改革まではできなかった。

 その日本でも、2020年にはプログラミング教育を始めると言っているが、単純に言えばエストニアの30年遅れということになる。

*1 Restoration of Estonian Independence:エストニア人にとって建国はロシア革命後の1918年であり、今年(2018年)がちょうど建国100周年に当たる。
*2 Programme for International Student Assessment:15歳の子どもを対象とした国際的な学習到達度調査。

バルト3国との縁

 なお、少し余談になるが、エストニアをはじめとしたバルト3国には、少なからぬ縁があるので触れておきたい。何しろ、安倍総理も訪問した重点国である。

 28年前、バルト3国がソ連からの独立の回復を果たす前年の1990年と、独立回復後の1992年の2回、バルト3国を訪問した。当時、私は日本貿易振興機構(JETRO)ストックホルム事務所長として、スウェーデン及びフィンランドを担当していたが、バルト3国の独立の回復に当たり、JETROとしては、モスクワより、西側に属するストックホルム事務所が管轄した方が適当であるとして、当面の情報収集に当たることとしたのである。

 今でこそ、バルト3国周遊旅行が新聞の広告欄に載っているのは珍しくもないが、当時はソ連のベールの中に隠れ、ほとんど情報がない状況であった。そこで、かの地に詳しいスウェーデンのコンサルティング会社に同行を依頼し、日本との貿易促進のために情報収集に出かけた。

 スウェーデン人からすると、1940年にかの国々がソ連に併合された際、多くの人々がスウェーデンを頼って船でバルト海を渡って助けを求めてきたが、中立を保ちたかったスウェーデン政府は彼らを追い返したとの苦い思い出があるとのことであった。そこで彼ら避難民は米国に行き、シカゴ周辺に多くの末裔が住んでいるという話を聞いた。

 3国のうち、ラトビアとリトアニアはインドヨーロッパ語族に属し、しかも古代語の特徴を一番残しているということで、言語学者にとっては研究対象として垂涎の的ということだ。特に南のリトアニアは、南ドイツのように山岳地帯に小規模の村々が散在しているため、言葉の俗化を免れ、最も優れた研究対象だと聞いた。

 そのリトアニアの首都、ビリニュスでは、放送局がソ連に占拠されており、大型の戦車がフェンス越しに異様を放っていた。フェンスのこちら側には、殉死した市民を弔う花束がたくさん添えられていた。

 ラトビアの首都、リガは百万都市として栄えていた。そのために、ラトビア語は少し俗化していると聞いた。

 一番北のエストニアはアジア系のフィン系の末裔であり、同じフィン系のフィンランドとは言葉が似ており、ソ連時代、西側の情報はフィンランドからエストニアを経由してソ連国内に伝播していたということだ。従って、モスクワ当局もエストニアには一目置かざるを得なかったとも聞いた。また、バルト3国は静かなる抵抗として、首都のタリン、リガ、ビリニュスを結ぶ「人間の鎖」運動*3を成功させている。

*3 特定の日時に、一斉に国民が3都市を結ぶ道路に並んで手を結ぶ。

 これを踏襲したのが、台湾の「人間の鎖」である。ちょうど私が台湾に駐在した2004年2月28日午後2時28分に、北の基隆から南の高雄まで、民進党支持者が一斉に手をつないだのである。台北市内でこの228事件を念頭に置いたイベントを目撃したが、手をつながれると通れない所は、手を放して通してくれて、2時28分きっかりに手をつなぎなおすという、おおらかなものであった。

 最初にタリンの首相府を訪問したときには、壁には銃弾の跡が無数につき、地面にはサンドバッグが敷き詰められ、物々しい雰囲気であった。2016(平成28)年4月、当時36歳のエストニア首相、ロイヴィス氏が来日したとき、その話をしたところ、おそらく1990年当時10歳くらいであった彼は、自分の執務場所がそのような状況であったとは知らなかったと言っていた。

27年前に訪れた首相府(Stenbocki Maja)は、今では立派に修復されていた。

日本の“先輩”となり得るエストニア

 そのエストニアが電子政府(e-Government)として世界をリードしている。電子居住権のIDカードに登録すれば、選挙の投票さえもそれを使ってできてしまう。会社設立もできる。

 そこまで進んだのは、ひとつには、タリン市内にあった旧ソ連の人工知能センターのおかげということである。他に資源もない小国なので、そこに投資をし、かつ、法律も一から作り直すに当たり、テクノロジーを最適に活用できる工夫をした。

 さらには教育改革により、暗記一辺倒から課題解決型の教育を施した。その結果、スカイプ(Skype)やトランスファーワイズ(TransferWise)といった世界的なベンチャーが生まれたのである。

  日本においても、ベンチャーエコシステムの下地となる教育の根本的改革が必要であることは、事あるごとに訴えているが、エストニアが良き先輩となろう。