多元的な時代への変化を加速させたAI
21世紀に入り、私たちを取り巻く価値観は、かつてない速度で変化している。
国家や企業といった大きな枠組みのもとで、大量生産・大量消費による「モノの豊かさ」が追求されてきた時代から、個人の感性や経験、多様性や持続可能性を重視する「ココロの豊かさ」へと、社会の軸足は大きく移行した。
この変化は、当然ながら文化や表現のあり方にも及んでいる。
もはや「何かを否定し、単一の主流が生まれる」という20世紀的な構図は成立しにくくなり、現在は、異なる価値観や表現が優劣や序列を伴わないまま併存する、多元的な時代へと移り変わったと言えるだろう。
そして、その変化を決定的に加速させている存在が、AIである。
現に現代芸術では、AI生成作品や没入型インスタレーション、伝統的な絵画や彫刻といった異なる価値体系に基づくアートが、優劣や序列を伴わないまま同時に評価の対象となり、特定の様式が「時代精神」を代表するという構図は成立しにくくなっている。すなわち、芸術がかつてのような難解で、どこか突き放すような芸術ではなく、我々の心に深く入り込む身近な存在になったということだ。
例えば現代美術の領域では、AIによって生成された作品や没入型のインスタレーションと伝統的な絵画や彫刻といった異なる価値体系に基づく表現が、優劣や序列を伴わないまま同時に評価の対象となっている。そこでは、特定の様式が「時代精神」を代表するという構図はもはや成立せず、鑑賞者は自らの感性や関心に応じて、作品と個別に向き合うことになる。芸術はかつてのように、難解で近寄りがたいものではなく、より身近で、個人的な体験として受け取られる存在へと変化しつつある。
Chat GPT作成による現代アートギャラリーの活気
また音楽では、AIによる生成音楽やアルゴリズム的編集、過去ジャンルを引用・再構成するサンプリング的な音楽や、聴く人のその時の呼吸や心の揺れに合わせて、AIがリアルタイムで音を紡ぎ出すパーソナル・アンビエントなど、多種多様な音楽が並列的に流通している。もはや1つのジャンルやスタイルが市場や感性を一括して支配することはなく、リスナーは与えられた「主流」を受動的に消費するのではなく、無数の選択肢の中から自らの嗜好に沿って横断的に聴取し、楽しんでいる。
ここで重要なのは、これらの変化が、「人間の創造性がAIに置き換えられる」という単純な図式ではないという点である。むしろ、表現の現場では、人間とAIの役割分担が再編されつつあり、AIは無数のバリエーションや可能性を瞬時に生成し、人間はそれらを選び、編集し、意味づけを行う存在へと変わり始めているということだ。
この構図は、建築の世界において、より切実なかたちで現れている。
建築設計の現場では既に、透視図の作成はもちろん、平面計画や立面デザインの自動生成までが現実のものとなり、構造の最適化や日射や通風のシミュレーション、法規チェック、コスト算出といった作業の多くがAIによって高速に処理されるようになった。
さらには近い将来、設計者はかつてのように一から形を「創り出す」存在から、AIが生成した計画案を評価・選択し、それらに意味や文化、人間性を与える役割を担う「ファシリテーター」もしくは「キュレーター」や「エディター」に近い存在へと移行していくとさえ言われている。
Chat GPT作成による未来的な建築スタジオの風景
今現在の完全にAIのみでデザインされた建築が実現化している例はないようだが、かつて人間の知性とコンピューターの技術の競合により生まれた《青山製図専門学校1号館》のような象徴的モニュメントが、AI独りによって生み出される日はそんなに遠くなさそうだ。
さて、そんな完全にAIだけで設計された建築が当たり前になる時代が来た時、はたして『建築家』という存在は何者になるのだろうか。
まぁそもそも、『シンギュラリティ(自律的なAIが自己フィードバックで改善を繰り返し、人間の知能を超える瞬間)』に到達してしまったら、『人間』という存在そのものを問い直さなければいけないのだが・・・。
