『脱構築主義』建築の出現の衝撃

青山製図専門学校1号館 ユーザー:Wiiii, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

《青山製図専門学校1号館》は、1990年に、その校舎建て替えにあたり開催された国際設計競技を経て実現化した作品である。

 当時、日本はバブル経済の絶頂期ということもあり、建築界全体においても、既存の形式を打ち破る新しい表現が強く求められていた。加えて、製図や建築を学ぶ学生のための校舎という性格上、単なる機能的な箱ではなく、感性を刺激し、思考を揺さぶるような建築であることが、このコンペには期待されていた。

 こうした背景のもと、そのラディカルな表現による圧倒的な創造性と、厳密な思考による空間の論理性によって、当時まだ30代前半で無名に近かった渡辺誠の提案が最優秀賞に選ばれることとなった。

 この《青山製図専門学校1号館》の最大の特徴はなんといっても、その衝撃的な外観である。

 この建築は、多様なパーツによって複雑に構成されているが、建物上部に突き出た赤い部材は、あたかも都市の気配を察知する「触角」のようであり、シルバーに輝くオーバルなオブジェは、生命を宿す「卵」もしくは「繭」を想起させる。加えて、流線型の突起は「羽」に、四方に伸びる斜材は「脚」のようにも見え、それはまるで、都会に舞い降り立った巨大な昆虫かのようである。

 また、アルミやステンレスのパネルが多用されたメタリックな表層は、「マシーン」としての冷徹な印象を強調しており、そこにアクセントとして配された赤や黒のパーツは、航空機や精密機器のような機能主義的な美学をも演出している。そのSF的で未来的な造形は、まるで合体途中の超合金ロボットのような、圧倒的な存在感を放っている。

青山製図専門学校1号館 写真提供/青山製図専門学校

 このようなインパクトある外観である《青山製図専門学校1号館》は当然のことながら、賛否両論、さまざまな議論を巻き起こすことになった。

 当時の批評をまとめると、大きく3つ、思想的、都市的そして機能的論点ということになる。

 まず思想的論点。この《青山製図専門学校1号館》は必然的に『脱構築主義』の文脈で批評されることになるのだが、ピーター・アイゼンマンやベルナール・チュミに代表される『脱構築主義』の建築家たちが、ジャック・デリダなどの哲学的・理論的基盤を背景に「建築の根源的な秩序を解体する」という知的なプロセスを重視したのに対し、渡辺誠の《青山製図専門学校1号館》は、視覚的なインパクトが前面に出過ぎ、理論的な必然性が弱いのでは、という批判であった。

 また、都市的論点においては、この《青山製図専門学校1号館》が建つ渋谷という高密度な街並みや歴史的文脈に対して、その過激な姿はあまりにも自己主張が過ぎ、「暴力的だ」「街の調和を乱すノイズだ」と非難された。過剰な装飾をまとい視線を独り占めするその立ち姿が、バブルの狂乱の象徴である「TOKYO」という混沌とした都市に咲いた「あだ花」として見なされた面をあったのであろう。

 そして、機能的論点では、複雑な形状に対する雨漏りの発生やメンテナンスの難しさといった現実的な指摘に加え、教育施設としての合理性についての批判であった。内部空間が外観の複雑さに規定されて、学校としての使い勝手が軽視してされているのではないか、そもそも、教育施設という現実的なプログラムに『脱構築主義』的な思想やデザインを適用する必然性が本当にあったのかという懐疑的な意見だ。

 このように《青山製図専門学校1号館》の批判の多くはこの作品がその造形的な過激さゆえ、当時の常識や機能そして哲学に至るまで、既存の建築の枠組みからあまりに逸脱していたことへの拒絶反応であったと言える。

青い結晶化ガラスのエントランスキューブと、3本の柱で支えられた機械的かつ有機的なボディのような最上階 サイドゥファム, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

 しかし、渡辺誠の論説やそれらの批判に対する反論を今改めて考察すると、それらが現代社会を示唆する重要な論点になっていることがわかる。

 例えば、本家『脱構築主義』のような哲学的な設計プロセスがなく、単なる形態遊びだと指摘されたことについて。これに対し渡辺誠は「建築は思考の産物ではなく、生命体のような『誘導体』である」と述べている。

 彼いわく、この『誘導体』という考えは、建築の形態は、建築家の主観的な意志によって恣意的に決められるのではなく、都市の条件、法規、構造、機能といった複数の要因が相互に作用することで、自動的に導き出されるというものであった。

 これは現代社会の実情を鑑みれば非常に注目すべきポイントだ。

 実際、この《青山製図専門学校1号館》における『誘導体』の実践はその後、コンピューターのアルゴリズムを用いて建物の形状や空間を設計する『アルゴリズミックデザイン』の先駆けとなったし、あのザハ・ハディドのパートナーであり、彼女亡き後の事務所の後継者であるパトリック・シューマッハが提唱し、数々の作品を実現化させてきた『パラメトリシズム』(コンピュテーショナルデザイン(計算論的設計)を駆使し、デザイン要素をパラメータ(変数)で定義・制御することで、複雑で流動的な形態を生み出す手法・スタイル)にも繋がっていると言える。

 また、「街並みと調和していない」という批判に対しても、渡辺誠は「そもそも東京に調和は存在するのか」という根源的な問いを投げかけた。彼は東京という街を「整理された秩序」ではなく、「エネルギーが渦巻くカオス」として捉え、調和を装った偽物のビルを建てるよりも、街に溢れるエネルギーを凝縮し、可視化することこそが都市に対して「誠実な建築」であると主張した。

 これについては、バブルが崩壊し、「失われた30年」を経過した今現在においても、相変わらずスクラップ&ビルドが繰り返され、街が新装されたのにも関わらず、どこもかしこも同じような退屈な変貌しか遂げていない中、この《青山製図専門学校1号館》が今なお「時代のモニュメント」として健在であるということが、この建築が決して単なる「バブルの遺物」ではなく、竣工当時のTOKYOの熱量を封じ込め、一見無秩序に見える現代日本の都市景観を肯定した「誠実な建築」であったことの証となっているということにならないだろうか。

青山製図専門学校1号館 写真提供/青山製図専門学校

 そして機能面に関しても、誤解は少なくない。

 まずは《青山製図専門学校1号館》の外観を形成するパーツだが、それらはただの装飾ではなく、赤い「触角」は避雷針、銀色の「卵」は給水タンクという明確な機能を担っている。

 また内部空間は、その派手な外観からして、迷路のような複雑さを想像させるが、実際にはRC造の内部空間は使い勝手を考慮した四角い教室がきちんと確保され、建築的にとても合理性に見合った造りとなっている。

青山製図専門学校1号館 2階 写真提供/青山製図専門学校

 エントランスや階段室は、窓の外に鉄骨のフレームやパーツが横切り、外観の鋭利なデザインがそのまま貫入しているような設計になっているが、これは渡辺誠曰く、内部空間を単なる「部屋」ではなく、「都市の延長」と捉え、学生が「自分が巨大な装置の内部にいる」ことを身体的に感じることを意図してとのことだ。それはすなわち《青山製図専門学校1号館》は単なるオブジェなどではなく、この校舎で建築を学ぶ学生にとって、この作品そのものが教材となり、既成概念に捉われない自由な創造性を発揮することを期待した、彼からの強いメッセージがこの意匠、この建築ということなのだ。

青山製図専門学校1号館 5F 写真提供/青山製図専門学校

 こうして改めて見ると《青山製図専門学校1号館》は、『脱構築主義』の表層をなぞった「もどき」の建築では決してなく、情報の氾濫、価値観の多様化、そして現実と仮想の境界の曖昧化といった現代社会が直面する混沌とした様相を予見した建築であったとは言えないだろうか。