チェスの元世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフ氏(右)は、1997年、IBMのスーパーコンピューター「ディープブルー」に敗れたroibu / Shutterstock.com
AIは人から何も奪わない。むしろ私たち一人一人の哲学を容赦なく増幅する。問いなき者の浅薄さも、志ある者の思考も等しく増幅される。そのとき人を分けるのは博識や回転の速さでもない。ドラッカーと野中郁次郎の思考を手がかりに、高速フィードバック時代における人間の強みとは何かを問い直す。
カスパロフは知能に負けたのではない
ずいぶん昔の話になる。1997年、当時のチェスの世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフがIBMのスーパーコンピューター「ディープブルー」に敗れたニュースは、世界中に衝撃を与えた。多くの人はこれをもって人間の知性が機械に屈した日として記憶しているだろう。
しかし、今から見れば、この敗北の意味は少しばかり違ってくる。
カスパロフが負けたのは知能においてではない。フィードバックの回数においてだ。人間が盤面を見て「次はこうしようか、いや待てよ」と数手先に考えを巡らせる間に、コンピューターはとんでもない数の手をシミュレーションし、「その手は結局、悪手」「こちらがましかも」というフィードバックを瞬時にしていた。
勝負を分けたのは賢さの質ではなく、試行錯誤の圧倒的な速度と量だったと見ることもできるだろう。
これを現代に当てはめてみよう。
AIは私たちに正解を教えてくれる先生ではない。私たちが投げかけた問いに、「こんな視点もあるよ」「こういう弱点もあり得る」などと超高速でフィードバックしてくる対話の相手だ。






