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 かつて赤字続きだった半導体メーカーをわずか1年で黒字化させた「半導体事業のプロ経営者」がいる。旧エルピーダメモリ(現マイクロンメモリジャパン)社長の坂本幸雄氏だ。しかし、エルピーダは世界3位のDRAMメーカーに成長しながらもやがて経営が悪化、破綻へと追い込まれる。その原因はどこにあったのか。同社の失敗から何を学ぶべきなのか。2025年3月に著書『ニッポン半導体復活の条件 異能の経営者 坂本幸雄の遺訓』を出版した、日本経済新聞 編集委員の小柳建彦氏に話を聞いた。

アップルからも評価された「エルピーダの技術開発力の高さ」

――著書『ニッポン半導体復活の条件 異能の経営者 坂本幸雄の遺訓』では、エルピーダメモリが半導体の需要低迷や世界的な金融恐慌に巻き込まれ、存亡の危機に直面しながらも、2009年7~9月期には2年ぶりに黒字転換したと述べています。そこには同社のどのような戦略があったのでしょうか。

小柳建彦氏(以下敬称略) 当時のエルピーダは、携帯端末向けを中心とした「プレミア品」と呼ばれる非汎用品のDRAMに注力する戦略を採っていました。この選択が黒字転換の大きな原動力となります。

 ちょうどこの頃、米アップルが「iPhone 3GS」を発売し、わずか3日で100万台を販売して大ヒット商品となりました。このiPhone 3GSに採用されたDRAMがエルピーダ製です。iPhoneに採用されたことでエルピーダ製DRAMの名が世界にとどろき、他の携帯端末メーカーから、アップルよりも好条件での引き合いが来るようになったそうです。

 エルピーダのDRAMがiPhoneに採用された背景には、エルピーダの技術開発力の高さがありました。アップルは同じ部品を複数メーカーから調達し、常に品質や納期、性能などを比較評価して教えてくれるそうです。エルピーダのDRAMはアップルから常にトップクラスの評価を得ていたそうですから、エルピーダの技術開発の方向性は正しかったと言えるでしょう。

 一方で、当時はDRAMのプレイヤーが世界各国に多数存在しており、需要が高まるたびに各社がこぞって投資を拡大していました。その結果として繰り返されていたのが、投資拡大をきっかけに過剰生産に陥り、価格が急落するという悪循環です。

 こうした市場環境の中、エルピーダは「業界の再編によって勝ち残る立場を確保しなければ、価格安定は望めない」と判断し、汎用品を含めた生産規模を増やすことによる市場シェア拡大にも力を入れます。この動きによって、同社が当初描いていた「汎用品を減らしてプレミア品を増やす」という戦略から、むしろ乖離(かいり)していってしまいました。

 そして、エルピーダはこの後「想定外の逆風」にさらされることになります。