臨場感あふれる「昼の情景」の傑作

 前回も紹介したキンベル美術館とルーヴル美術館が所蔵する2点の《いかさま師》は、計略と騙し合いの場面の群像劇で、生々しい世俗の情景をみごとに描き出した「昼の情景」の傑作です。男性が隠し持つカードが、キンベル美術館の絵ではクラブのエース、ルーヴル美術館の絵ではダイヤのエースになっているため、それぞれ《クラブのエースを持ついかさま師》と《ダイヤのエースを持ついかさま師》と呼ばれます。先にキンベル美術館の絵が描かれたとされています。

《クラブのエースを持ついかさま師》油彩・板に貼られたカンヴァス 97.8×156.2cm フォートワース、キンベル美術館
《ダイヤのエースを持ついかさま師》油彩・カンヴァス 106×146cm パリ、ルーヴル美術館

 3人のプレーヤーはカードゲームをしている場面で、中央の女性と左の男性が、右にいる育ちの良さそうな若者にいかさまを仕掛けています。中央の女性は自分のカードを伏せて左にいる侍女に目線を向け、合図を送っているようです。また、左の男性は背中のベルトに別のカードを隠し持ち、手札とすり替えようとしています。

 前回紹介したように、聖書の「放蕩息子」を主題としたとする説や、単なるカード賭博への教訓画とする説があります。

 悪徳とされるカード賭博の場面は、16世紀頃から北方の画家によって描かれるようになりました。また、その頃からカードゲームが大流行して、17世紀にかけてはポーカーのような「プリミエラ(プリムとも)」というゲームが人気でした。ラ・トゥールの絵を所有していたルイ13世の宰相リシュリュー枢機卿も好んだゲームだったと伝わっています。

 カラヴァッジョも3人の人物がカード賭博をする様子を描いた《いかさま師》(1595年頃)を描いて大人気となり、多くの画家が模倣します。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ《いかさま師》1595年頃 油彩・カンヴァス 94.2×130.9cm フォートワース、キンベル美術館

 カラヴァッジョから約40年後に描かれたラ・トゥール作品にも、ベルトからカードを抜き出す仕草や衣装など、多くの類似点が見られます。しかし、なんといっても中央の女性の横目で次女に合図をするような表情が、独創性を持たせています。

 2作の《いかさま師》について、ラ・トゥール研究の第一人者・平泉千枝氏が面白い考察をしています。カードの合計点を競うゲーム「プリミエラ」の勝敗についてで、いかさま師の手札はダイヤとクラブの違いはありますが、同じ種類のカードの6(18点)と7(22点)で、これに隠し持ったエース(16点)を加えようとしています。これは合計55点の「スプレスム」という手で、いかさまをして青年に勝つというストーリーだと思ってしまいます。

 ところが、運次第で青年がこれより高い手で勝つ可能性があるというのです。ただし、若者の手札がわかるのはキンベル美術館の作品だけで、ルーヴル美術館の作品では、逆転の可能性はないということでしょう。また、この青年はいかさまに全く気づいていない様子ですが、キンベル美術館の青年は、鑑賞者に目を向けています。つまり、騙されるウブな若者ではなく、いかさま師をも欺こうとする強かさがあるというのです。ぜひ若者の表情に注目してみてください。

《女占い師》油彩・カンヴァス 102×123cm ニューヨーク、メトロポリタン美術館

《いかさま師》とともに昼の情景を代表するのが《女占い師》です。ルーヴル美術館が入手しようとしていたところ、ニューヨークのメトロポリタン美術館に先を越され、大問題となったことは先に書いたとおりです。登場人物たちの表情でその思惑が伝わる、とても面白い作品です。

 ジプシーに手相を見てもらっている若い男性を囲む3人の女性のうちのひとりは金の鎖を切っていて、もう一人は財布を盗んでもう一人の女に渡そうとしているのです。

 カード賭博やジプシーの占い師という主題は古くからあり、《いかさま師》同様、カラヴァッジョに先行作品があり、カラヴァッジョ派に人気でした。

 カラヴァッジョの《いかさま師》と《女占い師》は対の作品だったという説があり、ラ・トゥールのキンベル美術館《いかさま師》と《女占い師》も対作の可能性が指摘されます。《いかさま師》を科学調査したところ、いかさま師の黒い襟の下層に薔薇色の顔料が見つかり、ルーヴル版のように薔薇色の細かい百合の模様を塗りつぶしたと考えられています。百合の模様は《女占い師》の若者の襟にも描かれていて、上着自体も同じものに見えます。対で置かれた時、「いかさま師」と「うらなってもらっている男性」が、同じ上着と襟だと気づかれるとラ・トゥールは思い、黒く塗りつぶしたとも考えられます。

 ラ・トゥール作品を鑑賞する際には、このような謎解きにもぜひ注目してみてください。

参考文献:
『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール 再発見された神秘の画家』(知の再発見双書121)ジャン=ピエール・キュザン、 ディミトリ・サルモン/著 高橋明也/監修 遠藤ゆかり/翻訳 創元社
『夜の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール』ピエール・ローザンベール/監修 ブルーノ・フェルテ/執筆 大野 芳材/翻訳 二玄社
『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展ーー光と闇の世界』(2005年美術展カタログ)高橋明也、読売新聞東京本社文化事業部/編集 読売新聞東京本社
『フランス近世美術叢書V 絵画と表象Ⅱ フォンテーヌブロー・バンケからジョゼフ・ヴェルネへ』大野芳材/監修 田中久美子、平泉千枝、望月典子、伊藤已令、矢野陽子、吉田朋子/著 ありな書房
『フェルメールの光とラ・トゥールの焔ーー「闇」の西洋絵画史』宮下規久朗/著 小学館
『西洋絵画の巨匠11 カラヴァッジョ』宮下規久朗/著 小学館
『もっと知りたい カラヴァッジョ 生涯と作品』宮下規久朗/著 東京美術
『1時間でわかるカラヴァッジョ』宮下規久朗/著 宝島社
『国立西洋美術館名作集 深堀り解説40選』森耕治/著 アマゾン・ジャパン