運転は今の911ほど容易ではない

 さて、肝心の試乗した印象だが、エンジンの特性などがいくぶん扱い易いものに生まれ変わっているいっぽうで、足回りからは路面の状態を克明に伝えるバイブレーションやインフォメーションなどが感じられた。そして発進時の操作感にしても、当時ほどデリケートな扱いが必要になるわけではないものの、現代のクルマ並みに無造作にスロットルペダルやクラッチペダルを操作すれば、かなりの確率でエンストするはず。つまり、往時の感触を残しつつ、それを扱い易いようにほどよくモディファイしたのがシンガーの真骨頂といえるだろう。

ポルシェ911リイマジンド・バイ・シンガーの試乗動画は大谷達也氏のYouTubeチャンネルThe Luxe Car TVにて

「もしも扱いにくいクルマがイヤだというのであれば、それらをすべて取り除くことも可能です。ただし、もしも乗りやすさがご希望であれば、最新のクルマに乗ることをお勧めします」 そう語るのは、チーフストラテジーオフィサーのファウズである。「私が作りたいのは、誰にでも簡単に操れるクルマではありません。伝統的なポルシェらしい味わいが感じられるスポーツカーなのです」

 試乗当日、私は撮影なども含めて6時間近くクラシック・ターボの運転席に腰掛けていたが、それでもほとんど疲労を覚えることがなかった。これは、試乗車に「トラックシート」と呼ばれるスパルタンなシートが装着されていたことを考えれば、驚異的といっていいだろう。

 もっとも、ここで紹介しているのはクラシック・ターボの一例であって、内外装のデザインや足回りの設定などは、顧客の要望に幅広く応えることが可能という。

 試乗を終えた私はシンガーの本社を見学した。広々とした施設内にところ狭しと並べられたタイプ964はおよそ100台。なにしろ、ボディーのサビ落としから始まって塗装、コンポーネンツのアッセンブリー、インテリアの製作まで、すべて社内で行われているのだ。毎年100台から200台のレストモッド車両を顧客のもとに届けるには、この程度の設備が必要になるのかもしれないが、それでも現在オーダーしても納車はおよそ3年先になる模様。そして、これだけ待ってでも欲しいと思わせる力を、ポルシェ911リイマジンド・バイ・シンガーは備えているのだろう。