逆時計回りで3回カップを回して、香りを吸い込む。香道のような所作でアロマを味わう

万事を尽くしてプレゼンテーションの妙を問う

技術を磨き、機械のように正確に抽出するのは当たり前。

そのためにコーヒー侍さんは「トレーニングは毎日、休みの日は一日中。24時間をコーヒーに捧げている」という。高価な器具に投資を惜しまない。

しかし、コンペでもっとも大切なのは、プレゼンテーションだという。

「審査員を前にして、コーヒーを淹れながら味や香りについて解説するのですが、アキュラシー、つまりその描写の正確さが重視されます。たとえば、ブランデーのニュアンスがあり、柑橘やピーチの香り。マスカットのような明るいフレーバーの後、冷めるとそれがりんごに変わってきます……とか」

描写や表現力、というより、どこまで深くコーヒーに没入し、共鳴しているかが問われているようだ。

コーヒーに向かう覚悟と生き様が問われる

審査は総合的で、所作にまで及ぶ。コーヒー侍さんは、自作のBGMを用意し、特注したトレイを使って片付けまでを美しく行う。

道具を扱い、美しく片付ける所作も採点される。進化したコーヒーの世界は、茶の湯の点前に接近してゆくのかもしれない

作業やルーティンではなく、大袈裟に言えば「生き様や、価値観が問われる場」とコーヒー侍さん。選んだコーヒー豆の農園のサスティナビリティの高さを訴え、コーヒーを通して環境へのビジョンをアピールする競技者もいる。

パナマのゲイシャの味を「競技会レベル」の抽出で点てたコーヒーを試飲させてもらった。衝撃だった。果樹園のようなアロマ、ワインのような芳醇さ。今まで飲んだどんなコーヒーとも違う。戸惑っているところに、コーヒー侍さんが香りや味を繊細に描写してくれた。それを聞くことで味わいを的確に受け止め、垂涎の豆の香りを余さず心に刻むことができた。

コーヒーはもう、がぶ飲みするものではない。一杯から、未知の世界と芸術的な表現を探索するものだ。

「最も大切なのは、コーヒーをいかにして体験させるのか。そのエクスペリエンス。既視感のない自分だけの世界を体験していただく。これは競技以外でも、自分が人に最もお伝えしたいことなんです」

「やれることはなんでもやる」ブリューワーの秘密兵器たち

コンペの「オープンサービス」部門では、使う機材もスタイルも自由。「究極の一杯を淹れるために、できることはなんでもする」(コーヒー侍さん)。

水の中のミネラルを調整する、液体マグネシウム。抽出に適した硬水をつくる
コーム。湯を注ぐ前に粉をなめらかに整える道具
抽出したコーヒーを、冷凍した金属のボールに落ちるようにして急冷し、アロマの発散を防ぐ器具「パラゴン」。「コーヒーの落ちるポイントか2mmの場所に固定するのが適当」(コーヒー侍さん談)
コーヒー用のエアブロアー「SQUEAKY ROCKET」

コーヒー侍さんが目指すJBrCは6月末、東京ビッグサイトでのSCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会)2025内で開催される。予選枠60名(年により異なる)への申し込みは先着順または抽選とのこと。世界への戦いの前に、コーヒー侍さんの運が試される。過酷な戦いだ。