“What on earth could be more luxurious
than a sofa,a book,and a cup of coffee? ”
「ソファーに1冊の本、そして1杯のコーヒー。
この世に、これ以上の贅沢ってあるんだろうか?」
英国人作家アントニー・トロロープの小説 “The Warden”より。シンプルながら、今にも鮮やかな香りが立ち上り、部屋中満たす現場に立ち会っているかのような見事な一文だ。
実際、おいしいコーヒーを飲むためなら、少々の手間は厭わないハンドドリップ派は多い。抽出に集中する、ちょっとしたメディテーション効果及び、プロセスでのアロマ浴。
リラックスだけでなく、覚醒したい瞬間、静かに文学に浸りたいとき、最高の相棒となってくれる嗜好品にして日常品。そこそこ相反する感情やシーンを懐深く包み込む、ミステリアスな飲み物かつ、なんだか文学的……コーヒーは、カルチャーだ。
今回は、誰でもできそうなことほど思い込みによる誤解があり、プロの指南によるポイントに気づくだけでクオリティが格段に上がるシリーズの第二弾(第一段はこちらの米研ぎ&炊飯編)。
教えてくれたのは、創業70余年の「小川珈琲」が、もっと多角的にコーヒーを体験するための実験室として設けた、「OGAWA COFEE LABORATORY 下北沢」。彼らが提案する、ペーパードリップとコーヒー豆、湯の量を基本として、プロセスで解説する。
ビギナーはもちろん、ドリップが長年のルーティンとなっている上級者も、一度基本に立ち返って工程の意味を再確認すれば、気づきがあるはず。そして、自宅コーヒーは、まだまだ進化の余地がある!
使うのはこの道具
今回使用したのは、写真左からスケール、ドリッパー、サーバー、細口ポット、ミル。ミルがあれば自宅でも豆が挽けて便利だが、加減が難しいのでお店にお願いしてもOK。
ほか、コーヒーの粉20gと湯270cc(出来上がりは220cc)を使用する。
ドリッパーにも、形状によって特徴がある。写真左は、抽出口は大きく一つ穴で円すい型。抽出スピードが早く、酸味特性を引き出しやすい。すっきりしたコーヒーに仕上がる。写真右は、小さな抽出口が3つ並び、台形型。円すい型に比べ抽出スピードは遅く、コクがありフルボディに仕上がる。
陶器素材であることがマストではなく、お手ごろ価格のプラスチック製にも、お湯を注いだ時の温度変化が少ないという利点がある。コーヒーをより美味しく抽出するには、ペーパーフィルターと使用ドリッパーのサイズがぴったり合っているものを選ぶことがポイント。迷う場合は、同メーカーから発売されているペーパーを選ぶのがおすすめ。
ペーパーフィルターの圧着部分(側辺と底辺)を互い違いに折り、内側を広げ、ドリッパーにセットする。この折るというひと手間は、ドリッパーとペーパーフィルターの密着度を上げ、均一性が高まり美味しいコーヒーに繋がる。
コーヒー豆を入れる前に、まずお湯を注ぐ
コーヒーの抽出とは「コーヒーの成分をお湯に移行させること」を指す。この成分を過不足なくあまり時間をかけずに移行させると、コーヒーは美味しく仕上がる(抽出時間が長くなるとえぐみや苦味の強いコーヒーになる傾向にある)。
そのためにも、抽出の前準備が重要になる。先ず、挽いたコーヒーをいれる前に、ペーパーフィルターをお湯で濡らす。
注いだお湯を捨て、コーヒーの粉20gを入れ、表面が平らになるようにならす。続いて、渦を描くようにお湯を40cc(粉の倍量)ほど注ぐ。理想の温度は、91~92℃なので、沸騰させた湯を一度別容器に移してから注ぐか、沸かした後1~2分置くのが目安。全体をふっくら湿らせることで、コーヒーに含まれたガスが放出され、コーヒーにお湯が浸透する。浸透したお湯はコーヒーの成分を含み、コーヒー外部へ移行しはじめる。これが「蒸らし」の工程だ。
蒸らし後は、いよいよ本格的なコーヒーの成分移行。ドリッパーの中央、一番深い部分で、お湯を真上から注ぎ始める。そしてコーヒーの形に沿って、円を大きく1周描く。これを液体の落ち具合を見ながら2回に分けて行う。このとき、ペーパーフィルターにお湯がかからないように注意する。ポットから注がれるお湯のスピードや勢いでコーヒーの濃さが変化するので気をつけたい。
最後の4投目で、濃度の調整。抽出口を静かになぞる。一つ穴のドリッパーの場合、中央一点に集中して湯を落とす。
液体が落ちきったら、サーバーを軽く回して濃度を均一にし、温めておいたカップに注ぐ。
コーヒーにまつわるQ&A
●焙煎度合いによる味わいの違いは?
一番わかりやすいのが、「深煎り」と「浅煎り」の違い。そもそも焙煎とは、生豆をロースト(炒る)作業のこと。実はもっと細分化されるのだが、浅煎りの場合、コーヒーのキャラクターをいかした仕上がりになる。とくに酸味の特徴を強く感じやすくなる。深煎りの場合、焙煎による風味をいかした仕上がりになる。苦味やコクが特徴となる。
●豆の挽き具合による味わいの特徴
ハンドドリップの適正な挽き目は、「中~中細挽き」。同条件で抽出を行った場合、挽き目が粗すぎると、抽出効率が悪くコーヒーの味わいは弱くなる(未抽出)。逆に細かすぎると、抽出効率が良すぎえぐみや苦味が強くなる(過抽出)。
●豆の精製方法がどう味わいに影響する?
焙煎からさらに知識を深めたいなら、こちらも要チェック。コーヒーチェリーを収穫した後、施される精製方法は代表的なもので以下の3つ。
①ウォッシュド…コーヒーチェリーの皮を剥いだ後、水を注いで発酵させて洗浄し、乾燥させる。主流の処理方法で、酸味やクリアな風味を引き出せる。
②ナチュラル…コーヒーチェリーの外皮と果肉を付けたまま乾燥させる。甘さがありコクのある風味を引き出せる。
③ハニープロセス(バルブドナチュラル)…コーヒーチェリーの果肉を剥ぎ、粘液質を除かないまま乾燥させる。①と②の中間的な味わいになる傾向。
●おすすめの産地や特徴は?
・ブラジル…コクと深みかつ、ボディがあるものを求めるなら、定番のブラジル。
・エチオピア…フルーティ系を好むなら、チェックしておきたい産地。
・インドネシア…実は、今アツイ産地がアジア。スパイス感やキャラメルのような香りを持つものがあり、ちょっと変化がほしいという人に。
・パナマ…今や、スペシャルティコーヒーの最高峰として名高い「ゲイシャ」。2004年の国際品評会でパナマのエスメラルダ農園のゲイシャ種に高価がつき、一挙に世界が注目する産地に。ワインと同様に、テロワール(気候や土壌などすべての条件)が反映された風味やフレーバーを持つ。
●コーヒーのトレンド&知っておくべき用語は?
・スペシャルティコーヒー
栽培から出荷、輸送、保管までの工程が適切であり、生産地の気候風土が反映されていることが基本の条件。
・アナエロビックファーメンテーション
コーヒーチェリーをタンクに密閉し、微生物の働きで発酵させる方法。ボジョレーヌーボー醸造で用いられる手法と似ており、複雑な香りを生む手法として注目されている。
●保存は冷蔵庫や冷凍庫?
コーヒーは「水・酸素・光・高温」が大敵なので、これらを遮断する必要がある。酸素をできるだけ抜いた状態で完全密封し、更に光を遮る容器に詰めた状態で保管が好ましい。
挽いた豆なら2週間目安で飲みきるのが基本。冷蔵庫だとほかの食品の匂いが付きやすく、冷凍庫だと霜で湿ってしまうので、なるべく避けたい。冷蔵庫や冷凍庫で保存したコーヒーを使う際は、必ず常温に戻してから抽出をする。
●やかんや電気ケトルからの直注ぎはOK?
注ぎ口が広く、一気にお湯が出てしまったり、狙った位置に正確にお湯を落とせないので、時間に余裕がある日は、注ぎ口が細いコーヒーケトルを使うのがベター。
教えてくれたのは
OGAWACOFFEE LABORATORY下北沢 店長代理
並床美弥さん
コーヒー1杯で豆20g、91~92℃のお湯270cc(出来上がりは220cc)が基本。初心者の方も慣れている方も、一度この量を計って試してみるのがおすすめです。そうすれば、豆を増やして苦みやコクを強く引き出すか、少な目で爽やかさを重視するかなど、好みに合った抽出を自分でコントロールする近道になります。
OGAWA COFEE LABORATORY 下北沢
京都で1952年からコーヒー造りを始めた「小川珈琲」が、2021年にオープンした「OGAWA COFEE LABORATORY 下北沢」。豆の購入やカフェ利用はもちろん“体験型ビーンズサロン”をコンセプトに、「焼く」「挽く」「淹れる」ための約40種のバリスタ厳選器具を備え、焙煎から抽出まで体験できる実験室。
東京都世田谷区北沢3-19-20 reload1-1
営業時間:9:00~20:00(無休)
https://www.oc-ogawa.co.jp/ocl-shimokitazawa/